第66話……元帥就任

「いやぁ、久しいの。リルバーン殿。ようこそケードの地へ」


「ご無沙汰しております」


 ネヴィルの地の集落に通りかかった際。

 ケード連盟の重臣アイアースが出迎えてくれた。

 彼とは以前、ともに戦ったことがある間柄であった。


「まぁ、ご一献どうですかな?」


「ご馳走になります」


 アイアースは小さな宴席を設け、私達をもてなしくれた。

 私の供をしている士卒や召使にも温かい地酒が振舞われる。


「アイアース殿は、最近のご奉公は何をなさっているのです?」


「そうですな、今は北方の異民族対策に全力を尽くしておりますよ。北方に支城を4つほど築城中でござる」


「ほう、異民族ですか?」


「左様でござる。我等ケードの地はいつも異民族に悩まされておりまする」


 周辺諸国にケードの強さは知られている。

 そのケードを脅かす異民族は一体どんな強さなのだろうかと不安になる。


「帰りには、また寄られよ」


「承った」


 翌日、私はアイアースと別れ、雪深き道を更に北に進んだ。

 大きな湖があるヘザー盆地についた頃には、空は荒れ模様になり、猛吹雪になっていた。


「もう少しだ。皆、頑張ってくれ!」


「はっ」


 皆が吹雪に身をさらす中、私は温かい馬車の中で申し訳なく感じる。

 我々は柔らかい新雪の雪道を南に下り、ケードの本拠地であるラム盆地に辿り着いたのであった。




◇◇◇◇◇


 レーベの地を出発して10日後。

 私達はケード連盟の王であるドンに謁見した。


「リルバーン侯爵殿のおなり!」


 私はケードの諸将が居並ぶ中。

 王であるドンの前に進み出る。


「ケードの盟主ドン様におかれては、益々のご健勝との事、誠におめでとうござりまする。こちらはほんの手土産にございまする」


 私は商人のホップから買い求めた品々を献上した。


「ご挨拶痛み入る。……で、侯爵自らのお出まし、何用かの?」


「……はっ」


 私は恭しく国書を携えて、国王ドンに再び拝謁。

 国王は国書を広げ、黙読した。


「ほう、オーウェン連合王国は東に兵をすすめるとな?」


「はい、左様にございまする。我等は王都シャンプールを焼かれました。フレッチャー共和国の凶徒共に復讐せねばおさまりがつきませぬ」


「……左様か。で我等と共闘したいとな?」


「はい、我らは西のガーランド商国との戦もございまする。いささか力が足りず、ドン様に助力を賜りたいのです」


 そう告げると、王は髭をさすりながら、眼をつむり暫し黙考。

 その後、眼を開いて、おもむろに話し始めた。


「……では、此度の戦の間に我等が使う矢、さらに糧秣を用意されたい」


「全てですか?」


「そうだ」


 相手はかなりの条件を出してきた。

 矢はともかくとして、彼等が食べる兵糧や軍馬の飼葉を全て用意して欲しいとの事。


 これは、輸送を含め、我が国の負担がかなりの者になることが予想されたのだ。

 だが、飲めない条件でもない。

 私は全権大使として、その条件をのむことにした。


「その条件、承りました」


「よかろう。ともに戦おうぞ!」


 主要な事案が合意、席が用意され署名の儀を執り行う。

 後は連れてきた王宮の事務官僚たちと、ケードの事務官僚たちとの実務者レベルの打ち合わせとなっていったのだった。


「まずは一献」


「頂戴いたしまする」


 外交儀式が終わった後は王に招かれ、盛大な宴会となった。

 今回の私はオーウェン女王陛下の代理。

 最高の礼をもってもてなされたのだった。


 ケード連盟と合意された出陣日は3月の中旬。

 まずはオヴの遺領であるジフに駐屯するフレッチャー共和国軍を、南北から挟撃することが定められたのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴566年3月初旬――。

 私はケードの地から帰り、王都シャンプールにおわす女王陛下のもとへ拝謁、外交交渉の報告を行った。


「リルバーン侯爵殿、交渉の儀、ご苦労」


「……はっ、これもひとえに陛下の御威光の賜物にございまする」


「謙遜するな。我等とケードには蟠りがある。以前にケードと友誼を培った卿の手柄ぞ!」


「有難き仰せ、恐悦至極に存じまする」


「でだ、侯爵殿。フィッシャー宮中伯殿がの、其方を宰相に推薦しておるのだ。これを受けては貰えぬかの?」


「……そ、それがしがですか?」


 なんだって?

 庶民上がりの私が王国の宰相だと?

 流石に私は焦った。


 勿論、出世したくない訳ではない。

 平時なら、傭兵あがりの者が、宰相の椅子にまで登りつけること謎あり得ない。

 乱世ならではのことである。


 ……だが、宰相は軍事だけでなく、内政や外交においても力を発揮せねばならない。

 教養のない無学な私には、無理そうであった。


「私には勿体なき仰せ、他の者が適任かと存じまする」


「重荷と申すか?」


「菲才の身ゆえ、お許しいただければ……」


「……わかった。では此度の褒美として元帥の号を名乗ることを許す」


「有難き幸せ、恐悦至極に存じまする」


 私は外交の成果として、元帥の号を賜った。

 これも将軍と同じく今は名誉職であり、特にこれといった権限はない。

 だが、王家の家紋を記したマントを着用できるなど、他の将軍や貴族との格が段違いになる扱いであったのだ。


 私は急ぎレーベに戻り、戦準備に取り掛かった。

 弩に戦車、槍や長弓などが武器庫より運び出される。


「元帥殿! 準備が整いました!」


「よし、進発せよ!」


 私は精兵五千名を率い、意気揚々とレーベの地を出発したのであった。

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