第65話……外交使節団の出発!

 私は深夜、瞬間移動の魔法でレーベに戻ってきた。

 この魔法、他の人も運ぶほどの力はない。

 運べてタヌキ一匹という感じだ。


「お疲れ様!」


 城の門の衛兵に挨拶し、政庁に入る。

 皆寝静まっていた中、私は修行中に溜まっていた書類仕事に追われたのであった。



 翌朝――。

 朝食は麦パンにアツアツの目玉焼き。

 本当は腸詰も欲しいが、そこまで贅沢はできない。


「……さぁ、始めようか!」


 私は幕僚を会議室に集め、諸案件を討議する。


「例の試験を開催する話はどうなった?」


 私はアリアス老人に問う。

 領地の拡張に伴い、城勤めの役人希望者を試験で選ぶことになっていたのだ。


「はい、試験は凡そ三月。将軍が出兵中に行う予定です」


「じゃあ、任せるよ」


「わかりました」


 アリアス老人は客将格だ。

 自分の用事だけ終わると、そそくさと家に帰ってしまう。


「次は金山の件だが……」


 私はキムに話を向ける。


「はい、灰吹き法の浸透により産出額は上がっておりますが、シャンプール南の開発費が嵩んでおり、新たな鉱脈が見つかると良いのですが……」


 ……そうだ。

 本当は鉄や塩の売買益があるはずだったのだが、あれは王宮に譲渡してしまったのだ。


 キムに収支表を我が家の見せてもらう。

 やはり、我が侯爵家の収支はあまりよいものではなかった。


「以前に貰った金塊を売って新しい土地も灌漑しよう。住民予定者は難民や流民を募ってくれ!」


「はい」


 新たな金脈など、都合よく見つかる訳はない。

 私は畑の収穫高を増やす算段をキムに命じた。


「あと、ミスリルはどうなっている?」


「はい、以前の仰せの通り、女王陛下の護衛部隊への装備供給を優先しております。代金は夏ごろに頂ける話になっております」


 ミスリルは優れた金属だが、加工が難しく、溶かすためにも多量の魔法石を必要とした。

 よって加工賃がかなりかかり、今のところあまり利益は出ていなかったのだ。

 例えば、誰にでも売って良いならかなり利益は出るだろうが、それは宰相殿に止められていたのである。

 敵国の手ににわたるのが怖いからだ……。


「ラガー、魚の干物の売り上げはどうか?」


「塩を王宮から買っているので、儲けは減っておりますが、増産で賄う予定です」


「頼んだぞ!」


「はい」


 書類は山となり、決済のサインで手が壊れそうになる。


「アーデルハイト、シャンプール南部の開発はどうだ?」


「はい、資金さえ尽きなければ順調に運ぶ予定です。今年は免税期間なので、税収は来年からになりますが……」


「いろいろすまんな。たのむよ」


「はい」


 三月には出兵があるのだ。

 それまでに必要な軍事の算段をせねばならない。

 さらに内政の基本的なことは、年始に定めることが多かったのだ。


 私と幕僚たちは必死に奮闘。

 一月はほとんど内政案件に時間を取られたのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴566年2月――。

 この年の2月は例年より雪が少なかったが、それでも山の方は雪が沢山積もっていた。


「あの、ご領主様。お届け物が……」


「なんだろう?」


 届けられた箱を開けると、中には黒光りのする籠手が入っていた。

 それは名工ウドゥンが造ってくれたものであった。


 確かオリハルコン製だったはずだ。

 私は早速装着、付け心地はとてもいいものであった。

 籠手は薄く作られ、とても軽いものに仕上がっていたのだ。


「お前様、そろそろケードの地へ赴かねばならないのでは?」


「そうなんだよな~」


 イオに嫌な用事を思い出さされる。

 そして問題はお土産だ。

 なにも手土産なしに外交をするのは、私には難しかったのだ。


「仕方ない。商人のホップを呼び出せ!」


「はい」



 三日後――。

 ホップはやってきた。

 奴は儲かっていそうな豪華な服を着ていた。


「お召しでございますか?」


「ああ、北の国への土産物が欲しい。良いものを見繕って欲しいのだが……」


「畏まりました」


 暫し待つと、彼は大王真珠貝の大玉真珠に珊瑚や鼈甲など、ゲイル産の宝物を見繕ってくれた。

 代金はかなりかかったが、これは国家の外交経費だ。

 大部分は王宮が払ってくれるはずであった。


「侯爵様、御召し物はご入用ではございませぬか?」


「……ん?」


 いわれて見れば、伯爵の時と同じ礼服しか持ち合わせていない。


「お前様、新しくしませんか?」


「わかった」


 本当はイオのドレスだけ新調すればいい気もしたが、侯爵らしい服装にせねば相手に舐められるとアーデルハイトにも言われ、私の服も新調することにした。


「お前様、いっそ皆様のもお造りしてはどうですか?」


「……ああ、そうだな」


 イオに言われ、幕僚たちの礼服も一新することにした。

 さらには外交用の馬車も新調。


 貴族はなにかと出費がかさむものらしい。

 これらの費用が結構掛かったがしたが、何故か金庫番のアーデルハイトは嫌な顔一つしなかった。




◇◇◇◇◇


 統一歴566年2月中旬――。


「出発!」


 リルバーン伯爵家の外交使節団はレーベ城を出発。

 使節団の先頭には凛々しい騎乗での出で立ちのアーデルハイトが進む。

 使節団長の私は、煌びやかな馬車で移動となった。


 ちなみに今回イオはお留守番。

 つい先日分かったのだが、どうやら懐妊したらしいのだ。


 私達はのどかな畑の脇の街道を北西に進み、雪深い山々を越えて、懐かしいネヴィルの地に入ったのであった。

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