第64話……宰相殿のお見舞い

 統一歴566年1月――。


 新年の宴は王都の惨状から中止。

 よって、今年は私だけで王都に来ていた。


 恒例の大方針会議は王宮の大広間にて行われる。

 上座の玉座には女王陛下が座り、テーブルに作戦地図、それを文武百官が取り囲んだ。


 クロック侯爵は未だに西方戦線の陣中にいたため、私は臣下としては最も上座の席に案内された。

 宰相のフィッシャー殿は流行病にて、臥せっているとのことだ。

 高齢なので無理は出来ないといったところだろう。

 そして、クロック派の若手貴族たちも戦地にいるので、会議場は空席も目立った。


「……ごほん、では始めまする」


 進行役のオルコックが王国への賛辞を読み上げ、議長役の女王陛下に一礼した後、皆の方へ向き直った。


「我等は戦続きで苦難の時期を迎えておる。だが、しかし、憎きフレッチャー共和国の奴等には眼に物を見せてやらねばならぬ!」


「「そうだ! そうだ!」」

「共和国滅すべし!」


 王都が焼き討ちにあったのだ。

 共和国憎しといった声は、長年王国に仕えてきた譜代の貴族達から多数上がった。

 声が静まるのを待って、オルコックは話を続けた。


「しかしだ、共和国は強大。そこで昔からの同盟国であるケード連盟と共に戦おうと思うのだがどうだろうか?」


「いい考えだ。それでいいと思う」

「わしもじゃ!」


 貴族達の同意の声は大きい。


「……でだ、このケード連盟への行動作戦の交渉、リルバーン侯爵殿にお頼みできますまいか?」


 私は急に話を振られて焦る。

 そもそも私はこういった会議は苦手で、いつも寝たふりをしていたのだが、今回はそうもいかなかった。

 議場の目線が一斉に私に集まる。


「……あ、雪解けの二月頃でよければ行って参りますが」


 オルコック殿の顔が不満そうだ。

 もっと早く行って来いといった雰囲気を感じる。


 だが、共和国が実効支配しているジフの地は山が険しく雪が深い。

 兵を起こすにしても三月が妥当だろう。


「わかり申した。では二月の出来るだけ早い時期にお願い申す」


「承った。では早速に用意してきまする」


 私は外交要項を用意するといった理由で会議を中座した。

 そして、病に臥せっているフィッシャー宮中伯の私邸へと向かったのであった。




◇◇◇◇◇


 王宮から馬車で乗り付けると、入り口の衛士は私の顔を覚えてくれており、速やかにメイドが中へと案内してくれた。


「お邪魔します。お加減は如何ですか? 宰相閣下」


「おう、誰かと思えば、東の侯爵殿ではないか?」


 宰相殿は少しお加減が良いようで、寝具に腰かけておられた。

 痩せた細い手で小さな鈴が鳴らされ、メイドが二人分のお茶とビスケットを持ってくる。


「会議はどうであったかの?」


「……はぁ、ケード連盟と組んで、東の共和国への出陣が決まりそうです」


「ふむう。ここ数年戦が続いておるから、内政に励みたい時期ではあるがのう……」


「御意にございます」


 老人はビスケットを一枚、口に入れて苦笑いした。


「だが、王都が焼き払われたのだ。それ相応の応酬をせねば国家として示しがつくまいて。ワシも若ければ参戦派に回ったやもしれぬ」


 老人にしては珍しく主戦派を擁護した。


「ケードは味方してくれましょうか?」


「そこはお主の力次第ではあるまいかの?」


 老人は少しうつむいて笑う。

 今回の交渉役が私というのも見抜かれたらしい。


「どれだけ譲歩するかで、敵になるか味方になるかが決まろう。此度は多めに譲歩するしかないのぉ……」


「ありがとうございます」


 宰相が「多めに譲歩していい」というのだ。

 きっと王宮の内政官僚たちに手回ししてくれるのだろう。

 私の肩の荷が少し軽くなる。


「あと、西へ出陣中のクロック侯爵殿達は未だに帰ってこられぬようです。彼等の兵があれば、ケード連盟に足元を見られますまいに……」


 私は少し老人に愚痴を言ってみた。


「……あはは、彼らはもはや女王陛下より力を持っているやもしれぬ。きっと我等の苦労など考えてはくれぬだろうのぉ」


 老人はそう言った後、少し咳き込み、寝具にて横になった。


「すまんが、失礼して横になるぞ」


「お気遣いなく」


「ワシももう長くないようじゃ。後任の宰相を陛下に推薦せねばのう……」


 老人は窓の外の小鳥に目を移し、寂しそうにつぶやいた。


「いやいや、まだまだフィッシャー殿には王宮を支えて頂かねば!」


「あはは、有難う。だがこの病が治ったとて、老兵にはいずれ去らねばならぬ時期がある。ワシはそこだけは間違えたくないのだ……」


「……」


 そう言った老人が、すぐに健やかな寝息をたてる。

 私は老人を起こさぬ様に席を立ち、宰相殿の私邸をあとにしたのであった。




◇◇◇◇◇


 私は宰相宅を出た後、王都を散策していた。

 新たな街の整備計画を見学がてら、ウインドウショッピングを楽しむ。


 心配していたシャンプールの街並みはだいぶ元に戻っていた。

 新しい市街地計画に従い、古い区画は整備されつつある。


 私は一通り見学を終えると、大きな店に入った。

 奇麗な細工の櫛が目についたのだ。

 イオへのお土産に買って帰ろう……。


「親父、この珊瑚の櫛は幾らだ?」


「流石はお貴族様、御目が高い。500テールになります」


 私は革袋から大銀貨5枚を取り出し親父に渡す。

 最近、この貴族らしい服で道を歩くことも多くなった。

 良くも悪くも昔と変わったなあと、美しい夕焼けを見上げたのだった。

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