第63話……死霊の指輪

「こちらにございます」


「ありがとう」


 私は要塞都市サラマンダーの政庁の城塔の一角にある暗い部屋に案内された。

 窓のない部屋には、明かりは蝋燭が一本しかなく暗い。


 その部屋の奥に、黒いローブを着た老人が椅子に座っていた。

 きっと彼が魔法使いのエビクロティアであろう。


「シュナイダーの弟子じゃな」


「はい。シンカーと申します」


「そうか……、で、魔法をワシに習いたいのじゃな?」


「はい」


「そうか……、お主も魔に魅入られたか……」


 老人は悲しそうな眼をして、燭台の蝋燭に火をつけた。

 灯が増えると老人の顔がはっきり見える。


 顔の皺は極めて深く、今にも倒れそうなくらい顔は青白かった。

 腕も足も小枝の様にやせ細り、その容貌は人間というより死霊に近い。


「どうじゃ、身に合わぬ魔法は体の生気を食らいつくし、いまにお前もワシの様になるのだぞ……。お主は眼の聖霊の守護を感じる。その法は地味じゃが、体に優しいぞ」


「……ですが、私はもっと大きい力が欲しいのです。力なき領主は領民を苦しめるのです。民を安らかにする大法を身につけたいのです!」


 正直、私は死霊のような体にはなりたくない。

 だが、強大な魔法の力は欲しい……。

 剣の腕だけでは大勢の民を守ることは叶わないのだ。

 ……私は声を振り絞った。



「……ふむ。ふむ。ふむ」


 老人は私に近寄り、私の両眼を見て、何かを確認する仕草をする。


「さてはお主、禁断の薬を手にしたな? シュナイダーの奴も困ったものだ……。ゴホゴホゴホ……」


 老人は咳き込み、そして少量の血を吐いた。


「ワシもそろそろ跡を継ぐ弟子が欲しかったところだ。秘密の部屋に案内してやる。ついて来い……」


 そう言い、老人は塔の階段を降り、広い石造りの地下室に案内してくれたのだった。




◇◇◇◇◇


 重々しい石扉を開き地下室に入る。

 床には石畳が敷かれており、ところどころ血が滲んでいた。

 そこで私は髑髏があしらわれた指輪を嵌めてもらった。


「これはのう、死霊の指輪というモノじゃ。我が師が身につけておった。お主に譲るぞ……。これでもうお主はワシの弟子じゃ」


「……あ、ありがとうございます」


 そうして老人は私から離れる。

 おもむろに杖を振りかざし、何を思ったのか突然大声をあげた。


「……で! 何のようであったかの? 敵国オーウェン連合王国の侯爵リルバーン殿!」


「……なぜ、それを!?」


「知らぬと思うてか!? 名宰相カン殿に仇する凶賊め! 我が魔法の神髄を食らえ!」


 老人の周りに、雷光を帯びた無数の魔法球が集まる。

 恐ろしいほどの闘気に圧倒され、身が震える。


 ……駄目だ、魔法の技量が違いすぎる。

 しかも、愛剣に頼るには距離が近すぎたのだ。


「風の聖霊よ、わが身を運び給え!」


 私は急ぎポコリナを抱きかかえ瞬間移動の魔法を唱えた。

 この魔法は移動地点を思い浮かべながら唱えるのだが、その暇を老人に与えれば殺されていただろう……。

 それは傭兵としての勘であった。

 間違いなくそれだけの力量の差が、我々の間にはあったのだ。


 私とポコリナの周りの空間は暗転し、未知の空間を経て、身覚えのある部屋の床に放り出されたのであった。

 そこは剣の師匠であるシュナイダー殿の家の木造りの床だった。




◇◇◇◇◇


「早かったの……」


「……ぇ!?」


 起き上がろうとする私とポコリナを、師匠の二つの眼が見つめる。


「私が戻ってくるのが分かっていたのですか?」


「……そうじゃな」


「殺されかけたんですよ。何してくれたんですか? 昔と違って私には妻も家臣もいるのですよ!」


 私は呑気に話す師匠に詰め寄った。


「まぁ待て、死霊の指輪を貰った様じゃないか。それは奴の師匠の形見。お主が認められた証拠であろうよ。奴とて敵国の領主を素直に弟子にするわけにはいかんだろうてな……」


「……!?」


「それにな、奴ほどの使い手。お主の覚えたての瞬間移動の魔法を封じることは容易かったはず。それをせぬことが何よりの証拠じゃ。ワシも殺されるであろう目算では弟子を送ったりせぬよ。安心せい!」


「……は、はぁ」


 次元の違う達人同士の応対とは、そのようなものなのだろうか?

 なんだが全く分からないが、私は二人の達人たちの手のひらの上で遊ばれているのは事実のようであった。


「さぁ、忙しい領主殿としては時間が惜しかろう。眼の魔法に加え、風の魔法の鍛錬を再開するぞ!」


「はい!」


 私は再び寝食を忘れ、魔法と剣の修行に励んだ。

 ……毎日、粗衣と粗食。

 そして、僅かな睡眠時間。

 懐かしい貧しい傭兵時代を思い浮かべる、短くも辛く苦しい日々であった。


 そして、統一歴565年も最後の月が終わろうとしていたのだった……。




◇◇◇◇◇


「ただいま!」


「ど、どなたさま!?」


 私は瞬間移動の魔法を使い、自分の部屋に直接帰り着いた。

 そこに居合わせたのはイオ。

 私は二か月の猛訓練と、それに伴う泥汚れや汗や垢で真っ黒で、誰だかわからない容貌であったのだ。


「シンカーです! お? ……おう」


「お前様!? もう、お前様ったら。風呂の用意をさせますね!」


 正体を告げるなりイオは抱き付いてきた。

 ……汚いのになぁ。


 私には出来た可愛い嫁だ。

 さらに、驚いたことに風呂が変わっていた。

 薪で焚く方式から、魔法石で沸かす方式になっていたのだ。


「お前様、お背中流しますね~♪」

「ポコ~♪」


 今年最後の日は、イオとポコリナと三人で新しい風呂を満喫した一日となったのだった。

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