第61話……リルバーン家の忠義

 私はレーベの地を、ポコリナを伴って出立した。

 目指す地は王都シャンプール。

 王宮で剣術師範を務めているシュナイダー師匠に会いに行くためだった。


 私は未だ瓦礫の残る王都の街並みを横に、王宮への道のりを歩いた。

 王宮の騎士団の建物の一角に師匠の部屋はあった。


「よぉ、シンカー! 久しぶりだな!」


「ご無沙汰しております」


 師匠は相変わらずの酒浸り。

 床には酒瓶がゴロゴロと転がっている有様だった。

 これでよく宮廷勤めができるものだと感心してしまう。


「……で、用はなんだ?」


「いえ、この頃、自らの力の無さを痛感しており、一段高い強さが欲しいのです! 是非ご指南頂きたい!」


「ふむう。……しかしの、貴族として民が苦しんでおるのを放置して、自らの修行などにうつつを抜かしても良いものかのぉ……? 王都では未だに民が焼け出され困窮しておるのだが……」


「仰せではございますが、王都は王家の管轄。私めが手をだす範囲ではございませぬ」


「……では、その王家を助けるのは臣下の努めであろう?」


「……はい」


「女王陛下から、現状を打破する知恵者を推挙せよという詔がある。ワシが推薦するから行って参れ! 解決するまで修行はまかりならん!」


「は、はい!」


 酔っ払いの戯言かもしれないが、師匠の仰せならば断われぬ。

 私は推薦状を携えて、王宮へと向かったのであった……。




◇◇◇◇◇


 私は衛士に王宮を案内され、フィッシャー宮中伯の部屋へと案内された。


「失礼いたします」


「……おう、誰かと思えばリルバーン侯爵殿。何用かな?」


 白髪の老人に、師匠から預かった推薦状を渡す。


「ははは、お主が宮中の財政を豊かにしてくれると? お主ら戦争屋が頼りにならぬから、王都が荒らされたのだがね……」


「申し訳ございませぬ」


 現状、オルコック親衛隊長の率いる部隊は戻って来ていたが、クロック大元帥の部隊は未だに西方のガーランド商国と交戦中だ。


「いや、正直に言えば、リルバーン殿の帰還が遅ければ、王都防衛戦も危なかった。礼を申すぞ!」


「有難き幸せ」


 畏まる私の横から、侍女が良い匂いのするお茶を勧めて来る。

 私はそれを受けとり、少しすすり味わった。


「……でな、王宮直轄地の畑は被災。王都は焼け野原といった具合だ。知恵者にはその財源を探して欲しいのだが……」


 宰相殿は「そのようなものに答えはないだろう?」といった具合に、私に質問してきた。

 確かにその解を容易く求めるのには難しかった。

 ……私は少し頭をひねって、苦し気に口を開いた。


「王国内での鉄と塩の取引。これを王家が専売とすれば、王家の財源としては間違いないかと……」


「なんだと? お主正気か!?」


 老宰相はテーブルを右手の手のひらで強く叩き、激情を露にした。

 塩と鉄の専売は、各貴族家の貴重な財源であった。

 そこに介入するというのは、反乱を恐れる王宮の政治家にとって禁忌といえた。


「王国領で一番に塩と鉄の専売で利益を上げているのは、あのクロック侯爵だぞ! それに二番目に利益をあげているのは、其方の家、リルバーン侯爵家であろう?」


「よくご存じで。……ですが、その二番目に利益を上げている侯爵家が、鉄と塩の専売権を王家に献じれば、ほかの諸侯もそれに従うのでありますまいか? それに……」


 リルバーン家の収益の基板は、塩とそれによる塩魚の売却益が大きい。

 さらに領内の鉄産業は、金採掘業に継ぐ利益を稼ぎ出していたのだ。


「……それに? なんだ?」


「クロック侯爵は、いまも戦地。王都損壊に比類するほどの戦果はあげておりませぬ。好機かと?」


「本当に、リルバーン家は率先して塩と鉄の利益を手放すのか?」


「はい! ですが、期間は三年でご勘弁願いたい」


「わかった。恩に着る」


 この「リルバーン家の忠義」といわれる「鉄と塩の専売案」は、難航していた王都の復興予算に光明となる。

 利権を大きく持つ侯爵家の意向は無視できず、他の利権ある貴族家も3年の間、平和裏に減収に甘んじることとなったのであった。




◇◇◇◇◇


 三日後の騎士団寮の一角。

 私は師匠に呼び出されていた。


「うはは! 侯爵殿の此度の献策! お見事、お見事!」


「……あはは」


 私は後で家宰のアーデルハイトに怒られることを考えると胃が痛く、苦笑いしかできない。

 だが、シュナイダー師匠はご褒美も私に授けてくれた。


「……こ、これは?」


 以前に見たことのある小さなガラス瓶。

 中には虹色の液体が入っていた。


「……ふふふ、例の魔法薬じゃよ。効能はわからんがの。王都の廃墟をうろうろしていて見つけたのじゃ。……ほしいか?」


「是非にも!」


 私は跪いて乞うた。


「侯爵ともあろうものが、卑しいものじゃの……」


 師匠は私の卑しい態度を笑った。

 だが、私は元から卑しい身。

 捨てるものなどない……。


「是非にも、授けてくだされ!」


「わかった。お主の大功績に報いるとしよう!」


 私は師匠から小瓶を受け取ると、一気飲みした。


 ……この魔法力、我が力と成れ!

 私は強く念じて飲んだのだった。

 飲み終わった私を見て、師匠は首を傾げた。


「だがのう、シンカー。その薬が力を顕現するには時間がかかる。その前に今使える魔法を強化しようとするかのう……」


「……あ、有難き幸せ!」


 そうして訓練場に出向くかと思えば、机と椅子が用意された。


「シンカーよ、まずは座学じゃ!」


「……!?」


 座学苦手なんだよなぁ……。

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