第60話……荒廃、新たなる旅立ち

「実は、北のジフの地を譲って欲しいのです」


「……ぇ? ジフの地ですか?」


「ええ」


 使者の求めるジフの地は、確かに私がオヴから相続した。

 だが現在、その地を実効支配しているのは、フレッチャー共和国である。


 しかし、使者の話を聞くに、名義上の支配権が欲しいのは同盟相手国であるケード連盟らしいのだ。

 たしかに、あの土地は貰ったのは事実だが、本来の相続人はナタラージャだろう。

 彼女に聞いてから返事をするのが妥当と言えた。


「ちょっと返事を待ってもらえます?」


「もちろん構いません」


 とりあえず一旦王宮の使者には、都へ帰ってもらったのだった。



 後日――。

 郊外で訓練を指揮しているナタラージャを呼んだ。


「お呼びですか?」


「ああ、実はジフの土地の継承権のことなんだが、王宮が欲しいと言ってきているんだ」


「私としては構いませんが、しかし……」


 ナタラージャの言うには、ジフの地に愛着をもつ家臣たちも多く、皆で話し合いを持ちたいとのことだった。


「わかった」


 後日にわかったことだが、ナタラージャの縁戚の一族は、確固とした定住の土地が欲しいとのことだった。

 よって、リルバーン家の領地の一部にジフという名前を付け、代替地として彼女の一族に与えることとしたのだった。


 こうしてジフの土地に関する相続権は、王国を介してケード連盟に返還されることとなり、この問題は解決したのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴565年10月――。

 私はイオを伴って王都シャンプールへ向かった。


 ここに来た理由は、侯爵に任じてもらったお礼を王宮にするためだ。

 馬車が王都に入るころには、復興の音が賑やかに聞こえ、活況を呈しているようであった。


「リルバーン侯爵、ようこそお越しになった。あいにくだが陛下は領内の御巡幸でな」


「いえいえ、お構いなく……」


 王宮で対応してくれたのは宰相のフィッシャー宮中伯。

 温かいお茶と美味しい焼き菓子でもてなしてくれた。


 その夜、宮殿の中の貴賓室を案内される。

 侯爵ともなると、最上級の部屋をあてがわれるようだ。


 天井には金銀があしらわれたシャンデリアが光り、寝具には大きな天蓋がついていた。

 床も赤地に金刺繍のフカフカの絨毯、靴で踏むのがもったいなく感じるほどだった。

 その豪華な部屋の寝具にイオと一緒に潜り込む。



「ついに侯爵か~、もう上るとこまで登ったなぁ」


「さすがはお前様ですわ」


「……なぁイオ、せっかく侯爵になったんだ。なにか欲しいものはない?」


「えーっと、何でもいいのですか?」


「ああ」


「……じゃあ、お前様のヤヤが欲しいです」


 イオは顔を赤らめてそう言い、私の首にその華奢な手をまわしたのであった……。




◇◇◇◇◇


「なんだここは?」


 私は侯爵として加増してもらったシャンプール南部の地に来ていた。

 いくつかあるはずの村落は、全て焼き払われており、農地にも雑草がうっそうと生い茂っていたのだった。


「誰もおりませんな」


 スタロンのつぶやきも虚しい。

 王宮からあてがわれた土地は、先日の戦火で焼き払われた土地だったのだ。


「スタロン、これは大事だぞ!」


「……ですな」


 農地をこのまま放置すれば、たちどころに荒れ地になりかねない。

 一刻も早く農民を呼び戻し、管理してもらう必要があったのだ。


 ……しかし、よく考えてみれば農地の所有者は私だ。

 この土地に来てくれる人なら、だれでも良いという考え方もあったのだ。


「スタロン、レーベ城までもどって、例の戦車を出してくれ!」


「了解です」



 二週間後――。


「移民の募集を致します!」


 私は自らスタロンと共に、王都シャンプールにて移民の募集を募った。

 初年度の税は免除。

 当面の生活費も貸し出すことにした。


 王都には焼け出された民が無数にいたためもあって、あっというまに予定の人数を集めることに成功したのだった。


 さらに集めた民衆たちも、目的地への移動の手段がない。

 彼等にも荷物があり、そして幼い家族を持つ者もいたのだ。


「どんどん出してくれ!」


「はっ」


 私は先日に新造した戦車部隊を、急場の移民輸送部隊としたのだ。

 何だか勇ましくない初陣になったが、これにより移住は可及的速やかに実行され、加増された土地が荒れ地になるということだけは避けれそうになったのだった。



「……しかし、金がかかりましたな」


「ああ」


 新しく貰った土地からスタロンを連れてレーベに戻る。

 彼の言う通り、新しい民に貸し出す生活費や、税の免除など。

 支配者としては浪費に近い支出をしてしまった。


 例えば聞こえの良い免税だが、それは他の地域の税負担が肩代わりをすることを意味するのだ。

 私はレーベの政庁にて、家宰兼金庫番のアーデルハイトに、しっかり怒られそうな未来が予想できたのだった。




◇◇◇◇◇


 統一歴565年11月――。

 満月の美しい夜。

 レーベ城内、領主の部屋の寝室。


「……なぁ、イオ」


「なんです? お前様」


「しばらく、この城を留守にしていいか?」


「……ええ、でも何故ですか?」


「今回のことで、領主はもっと強くないいけないと悟ったんだ」


「皆で協力するだけではだめなのです?」


「ああ、それも大切なのだが、自分にはもっと強さが欲しいんだ。旅に出させてほしい」


「……ふふふ、お前様はわがままですね。早く帰ってきてくださいね。ただ、今夜は朝まで私だけを可愛がってくださいね……」


 私は快く出立を認めてくれたイオに感謝。

 翌朝、私は家臣たちを説得し、修行の旅に出ることにしたのであった。

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