第59話……シンカー侯爵になる。

「その首、貰ったぁ!」


「何奴?」


 私は大貴族が振り向くのと同時に、相手の胴に重い一撃をめり込ませる。

 どうやら相手は派手なマントの内側に、金属製のプレートメイルを着ていたようで、こちらの斬撃に対して鈍い音が跳ね返ってきた。


「……ぐふっ」


 刃は防がれたが、打撃としての衝撃は伝わったようで、騎乗の相手からはうめき声が漏れでる。

 確かに首を狙えば一撃であったかもしれないが、私は根っからの傭兵。

 相手の身柄確保による身代金が欲しかったのだ。


「貴様、何奴!?」


 慌てて相手の護衛が馬首を翻すが、私はすかさず二撃目を大貴族に浴びせた。

 相手はもんどりうって馬から落ちた。



「将軍! ご無事ですか?」


「ああ、コイツを縛り上げろ!」


「はっ」


 すぐに私の護衛も駆けつけ、私と協力して相手の護衛を馬から叩き落とした。


「全員、縛れ! そしてこやつらを陣へと運べ! 私は敵陣へと突っ込む!」


「はっ」


「続け!」


 私はコメットを駆り、ナタラージャが率いる竜騎士たちと共に再び敵陣に躍り込んだのだった。

 最早、この時点で敵は瓦解しており、実質的には追撃戦の様相を呈していったのであった。



「追え! 追い首じゃ!」


「「おう!」」


 猛る王国軍の兵士たちは、逃げる共和国軍をしつこく追い回した。

 追撃が終わる日没頃には、疲れ切った共和国軍の兵士たちは次々に捕虜になったのであった。


「勝鬨!」


「えいえいおー!」


 こうしてラムール平原の戦いはオーウェン連合王国の大勝利に終わった。

 王国軍の死傷者は二千名、共和国軍の死傷者は四千名であったが、王国軍に捕まった共和国軍の捕虜は一万名近くに上ったのだった。




◇◇◇◇◇


 戦後――。

 私達は女王陛下を先頭に、シャンプールの城門をくぐり街に入った。

 そこは無残に焼け野原となっており、焼け残った柱や石造りの建物だけが瓦礫となって横たわっているだけであった。


「女王陛下、よくぞご無事で!」


 王宮に立て籠もっていた宰相フィッシャーが、兵士たちを連れて女王陛下を出迎える。


「……うむ。しかし何という惨状じゃ。先祖代々の王都がこれほどまでに破壊されるとは……」


 王家ゆかりの伝統ある大聖堂をはじめ、様々な古からの建物が灰となっていたのだ。

 勿論、大商人やその他大勢の民家も瓦礫となっていた。

 女王陛下も臣下たちも、涙を流して悲しんでいるようであった。



「明日から復興だが、その前に論功行賞だ! 著しく手柄をあげたものは余の前にでよ!」


 戦とは褒美あってのモノ、……だと私は考える。

 私は女王陛下の待つ幕舎に、例の大貴族風の男を引っ立てて連れて行った。


「……なんだ、またシンカーか!?」


「はっ」


 褒美をねだりに来た私の姿に、女王陛下はなんだか呆れた笑い顔をしていたが、男の顔を見ると女王陛下と皆の顔が変わった。


「……これは、コレット大公ではないか!?」


 宰相のフィッシャーが素っ頓狂な声をあげる。

 ……え? 誰それ?


 無知な私には誰だかわからない。

 そんな顔をしていると、宰相殿が教えてくれた。


「リルバーン伯爵殿はご存じないか? フレッチャー共和国の元首の弟君で、今回の総大将じゃよ……」


「……なんと」


 私は驚いてみせたが、そう言われたとて、この男の価値は分からない。


「伯爵殿には悪いが、このお方の身柄は王宮が預かりますぞ! 引き換えとして伯爵には褒美を与えようぞ!」


 そういって宰相殿は侍従長などと相談。

 奥から、大層重そうなものが運ばれ、私の前におかれた。


「陛下からの褒美じゃ、受け取られよ!」


「はっ」


 恭しく8名の召使たちが持ってきた代物には、高そうな紫色の布が被せてあった。

 礼儀には反するかもしれないが、ちょっと布を捲って中を覗き見た。


「……ぶっ」


 私は思わず吹いてしまった。

 台座の上に置かれていたのは、大きな金のインゴットが6本。

 こんなにデカい金は見たことがない。

 ……金貨に換算して10万枚いくんじゃないだろうか。


「リルバーン殿、其方が手にした身柄にはそれだけの価値がある。安心して受け取られよ」


「はっ」


 宰相にそう言われ、私は破格の褒美を頂くことにした。


「……ぐっ?」


 ……無念。

 恥ずかしいことに重くて持ち上がらない。


「腕っぷし自慢のシンカーでも持てぬか?」


 女王陛下に、プッと笑われてしまう。


「ご無理為さるな」


 そういう宰相殿の言葉を私は制し、根性で自分の幕舎まで持ち帰ったのであったのだった。


 翌日、私は残骸となった王都シャンプールをたった。

 私は王家にゆかりのない庶民の出。

 皆とは、あまり悲しみを共有できず、居場所が無かったからであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴565年9月――。

 この年は先の戦災で、王国領東部は収穫どころではない地域が多数。


 人為的不作により、流民や乞食が大量に発生してしまったのだ。

 私としては、如何に敵を領内に入れてはならないかという教訓になったのであった。



「将軍! 王宮からご使者が参りましたぞ!」


「おう、お通ししてくれ!」


「はっ」


 私はレーベ城で王宮からの使者を迎えた。


「……先の戦いの著しい戦功により、汝、リルバーン伯爵を侯爵に任じる。そしてシャンプール南に5万ディナールの封地を与える!」


「ははーっ」


 遂に傭兵上がりの私が侯爵。

 そして加増により合計20万ディナールの封地。

 これは小さな国に匹敵する取れ高であった。


 そして、現在の王国には公爵が存在しないため、侯爵は人臣としては最高位の位。

 流石の私も感無量であった。


「……条件として、……」


 ……え?

 ご褒美に条件?

 条件付きのご褒美とか、なしにしてくださいよぉ……。

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