第58話……ラムール平原の戦い

 統一歴565年8月中旬――。

 太陽の日差しが厳しい頃合い。


 フレッチャー共和国軍、シャンプール包囲部隊の本陣。

 煌びやかな甲冑を纏った諸将たちが集い、諸問題を討議していた。


「申し上げます! また本国からの輸送部隊が襲われました!」


「またか!? 小賢しい!」


 共和国軍は、王都シャンプールの外郭の城壁を突破したが、王宮のそびえ立つ城塔群を攻略できないでいた。


「略奪による食料の調達も上手くいっておりません。このままでは我が軍は飢え死にいたしますぞ!」


 諸将からの報告に、共和国の総指揮官であるキンバリー=コレット大将軍は決断した。


「やむを得ん、撤収するぞ! だが、小賢しいオーウェンの奴等に目に物を見せてくれん。奴等の王都に油をまいて火を放て! 奴らに我等の恐ろしさを見せつけるのだ!」


「はっ」


 共和国軍の執政官の弟であるキンバリーは、王都シャンプールに大々的に火を放った。

 この炎は大火を呼び、王国の貴重な建築物を次々に灰にしていったのだった。 


 ……だが、この行為は貴重な時間を浪費してしまう。



「大将軍! 大変です! 王国軍が現れました!」


「なんだと!?」


 この時ついに、西へ派兵していた王国軍の一部が戻ってきたのであった。

 王国軍2万を率いるのは、女王の親衛隊長であるオルコック。

 彼の率いる部隊は、王都を焼き払われたことに、怒りが充満していたのであった。




◇◇◇◇◇


 その日の夕方――。

 両軍は見通しの良いラムール平原で激突した。


「敵の方が数は少ない。鶴翼の陣形を敷いて包囲殲滅してやれ!」


「はっ」


 大将軍キンバリーは兵力差を活かし、伝令を出し両翼を広げようとした。


 だが、食料不足で兵卒たちの士気は低く、軍としての動きは鈍かった。

 さらに兵たちは略奪したものを、沢山背負っている有様であった。



「大将軍、大変です! 兵たちが逃げていきます!」


「馬鹿な! こちらの方が大軍なのだぞ!」


 共和国は国力が大きいが、そのためもあって、ここ10年は大きな戦を経験していなかった。

 そのため、兵卒どころか前線の多くの下級指揮官たちも、この戦が初陣といった状態だったのだ。


 さらに言えば、彼らは王国の住民を捕虜として何千人も持ち帰ろうとしており、共和国軍は軍隊というより、巨大な隊商の集まりといった様相だったのだ。



「掛かれ!」


 オルコック率いる王国軍は、騎兵隊を先頭に突撃を敢行。

 馬に乗った騎士たちが、巨大なランスを掲げて突っ込んでいったのだった。


「逃げろ! 逃げろ!」


 新米の共和国の下級指揮官たちに、兵卒たちの脱走をとめる術はない。

 下級指揮官たちも命惜しさに、次々と逃げ散っていく。


「馬鹿者、逃げるな!」


 流石に騎士や貴族たちは戦場に踏みとどまろうとするが、それは単に王国軍の格好な餌になるだけだった。

 だが、王国軍も数では負けるため、戦況を完全に押し切るだけの決定打には欠ける状況だった。


 両軍が激突して二時間を経過。

 双方とも疲労の色合いが濃くなった頃合い。



「大将軍! 敵が背後にも現れました。その数不明」


「どこの小貴族だ?」


「……そ、それが、オーウェン連合王国の王家の旗が並んでおりまする!」


「ば、馬鹿な? 敵の女王は未だ城に籠っておるはず! なぜ背後に現れるのだ?」


 キンバリー大将軍は本陣をでて、自ら背後の敵部隊を、遠眼鏡をつかって見た。


「……なんと?」


 そこには王家の旗どころか、白馬に跨った女王シャーロットの姿もあったのだ。

 大将軍の背中に冷たい汗が流れる。



「……い、いかん! 王国の奴等に嵌められた!」


「如何いたしましょう?」


「余は逃げる! 皆の者は余の撤退を援護せよ!」


「……は!?」


 無茶な命令に、流石の伝令も耳を疑い、聞き返した。


「二度も言わせるな!」


「はっ」


 ……大将軍逃げる!

 この知らせは共和国軍の士気をどん底まで下げ、それに対して王国軍の士気を大きく引き上げた。


「なんだと? 大将軍は前線の我等を見捨てるのか?」

「我等も逃げるぞ! 荷物を纏めよ!」


「はっ」


 前線で頑張っていた共和国軍の貴族達も、戦線を放棄して撤退の準備に取り掛かる。

 だが、略奪した荷物が多すぎて、準備が捗らない。


「逃げろ!」


 その様子を見た従者や傭兵たちは、次々に主人を見捨てて逃げ散っていく。

 もはや、共和国軍全軍は、恐怖という狂乱の渦に巻き込まれていったのだった。




◇◇◇◇◇


 遡ること二日前――。

 私は、女王陛下の直々の出陣をお願いしていた。

 そして、その願いは聞き入れられた。


 その頃になると、旧臣たちの部隊も撤退を完了しており、全軍を整えたうえで、親衛隊長オルコックとの会合地であるラムール平原を目指した。


 私はラムール平原が見渡せる丘陵に布陣。

 女王陛下に、そのお姿が敵にも味方にも見えるように、最前列に出てもらった。

 そして、王家の旗も敵味方に見える様、前に押し立てたのだった。



「敵が潰走しております!」

「お味方が優勢ですぞ!」


「……ああ」


 背後にいきなり敵軍が見えた上、いるはずのないところに女王の姿が見えたのだ。

 私が敵でも驚愕する他ない。


「……では、我等もいくぞ! 掛かれ!」

「「おう!」」


 リルバーン家率いる三千の軍は、派手に太鼓や銅鑼を打ち鳴らし、共和国軍の後背に突撃。

 敵の退路を脅かすことによって、敵軍の心理に致命的な一撃を与えたのだった。



 ……ん?

 あの男は……。


 コメットに乗り、突撃する私の横を、敵の貴族が駆け抜けていく。

 服装からしてかなりの大身の大貴族だろう。


「待てい! 待てい!」


 私はコメットに、敵の大貴族を追うように命令。

 そして、愛剣ロングソードを高らかに振りかぶったのだった。

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