第55話……祝宴、そして悲壮な軍議……、、、

「掛かれ! 掛かれ!」


 リルバーン家の軍隊の追撃は執拗で、逃げるモノを追う狩りは夜が明けるまで続いた。

 共和国軍の兵卒は逃げ散り、騎士や下級貴族たちは次々に捕虜になったのであった。


「敵の総大将を探せ!」

「生かして帰すなよ!」


「はっ」


 朝になり、松明の灯なしでも敵影が見えるようになる。

 追う味方、隠れる敵、その立場のコントラストは見事に正反対であった。



「もうよい! 引き上げだ!」


「はっ」


 私は引き上げの合図を出した。

 追いすぎても反撃に遭うかもしれない。

 引き時は重要であった。

 小刻みに引き上げの銅鑼が鳴らされ、兵たちは敵を探すのを止めたのであった。



「勝鬨を上げろ!」


「「えいえい、おー!」」


 こうして初のレーベ城の防衛戦は無事に成功。

 味方の犠牲は少なく、多くの敵を捕虜にした戦いであった。




◇◇◇◇◇


 戦後の処理が終わり、私は城に戻った。

 私はイオのところへ行く。

 話す内容はアーデルハイトのことで、少し気が重い。


「実は、義姉上を側室に迎えようと思うんだ……」


「お前様のやること、いちいち反対はしませんわ……」


「なんだか申し訳ない」


「いえ、姉上はリルバーン家に骨をうずめる覚悟ですもの。最良の選択だと思いますわ」


「そうか……」


 イオはにっこりと笑い受け入れてくれた。

 戦に静まり返った城とは思えぬくらい、その夜は極めて激しい夜となったのである……。


 ……イオもまた一人の女。

 その熱情か、嫉妬か、何か……、私には知り得ないだろう美しい声が響いたのであった。




◇◇◇◇◇


「乾杯!」


 いまだシャンプールに敵が向かい、戦乱冷めやらぬ時世であるが、私はアーデルハイトを側室に迎える宴を開いた。


 ……私も武人。

 明日は胴と首が無き別れになるかもしれぬのだ。


 やるに遅いはあっても、早いはない。

 アーデルハイトはこの日だけは鎧姿ではなく、絹のドレスに身を包んだ。

 頬には紅が塗られ、頭に純金のティアラを冠した花嫁姿が美しい。


「おめでとうござる!」

「乾杯!」


 宴は戦勝祝賀会の様相も相まってもりあがった。

 特にリルバーン家の縁戚の方には喜んでもらったので、がんばって勢力拡大に邁進せねばならぬと、心を新たにする決心がつく。



「無粋ではございますが、次はどういたしますかな?」


「……うむ」


 皆が二次会で盛り上がる中。

 私はスタロンと陰で討議を重ねた。

 丁度、その二日後には、王宮から急使が舞い込んだのであった。




◇◇◇◇◇


「ご注進、ご注進!」


 戦勝気分のレーベの城に緊張が走る。

 使者の口上とは、王都シャンプールへの援軍の要請であった。


 既に王都へは、レーベでの勝ち戦の報は入っていた。

 よって、未だ交戦地域である戦域へ、援軍を向けて欲しいとの報であった。


「西へ向かった部隊はどうなのだ? 我々以外にも帰還した部隊もあるのではないか?」


 スタロンは使者にそう詰め寄る。

 何しろ王都シャンプールより、リルバーン家の方が最前線なのだ。

 前線から兵力を引き抜く兵法など聞いたことがない。


「……そ、それが……」


 使者が言うには、ガーランド商国の占領地域での富裕さに惑わされ、主に西国領主を中心に帰国を渋る貴族が多いとの事。

 クロック侯爵もオルコック親衛隊長も、それが足かせで未だに商国領域からの撤退が果たせないとのことだったのだ。


「……ば、馬鹿な!」


 今度はアーデルハイトが声を荒げる。 

 彼女ほど、家に殉じた人はいないだろう。

 王家に対する忠義への揺らぎ、彼女にはそれが許せないに違いが無かったのだ。



 ……だが、私は臣下の反対を押し切って援軍を決めた。


「至急、援軍を派遣いたす!」


「有難き幸せ! 陛下の覚えもめでたい事でしょう……」


 使者は安堵した顔で帰った。

 それに不満なのは、我が諸将であった。


「なぜ我が伯爵家だけが、かような重荷を?」

「我が家は最前線なのですぞ!」


「わかっておる!」


 私は家臣を宥めるのに必死。

 この時ばかりは、イオやアーデルハイトでさえ味方してくれなかったのだ……。




◇◇◇◇◇


 リルバーン家レーベ城作戦会議室。

 中央に羊皮紙の地図が置かれ、周りには燭台が置かれ、蝋燭の灯が闇夜を照らす。


「まずは、私自らが王都シャンプールへと1000名をもって援軍に向かう! 残る皆は協力して共和国の補給線を襲って欲しい」


「御大将自らが? 危険に過ぎるのではありますまいか?」


「そうだ、スタロンとモミジは同道してもらうがな。皆が自領を守りたい気持ちはよくわかる。しばらくすれば、アマツに進出した部隊も戻ってくるであろう。それまで耐えるのだ! きっと王家は我々の忠義に厚く報いてくれるに違いない!」


「……はっ!」


 諸将の不満を和らげるべく、今回はナタラージャなどの竜騎兵も連れて行かない。

 よって、たった1000名をもってして、三万の共和国軍相手の戦となるかもしれなかったのだ。


 また、イオもアーデルハイトも、家をそして大地を、一族郎党を守らなばならぬ。

 よって、私の決断に介入することはなかった。

 これは総領としての孤独な戦いだったのだ……。




◇◇◇◇◇


 翌朝――。

 朝日がまぶしい。

 空は澄み渡る晴天であった。


「門をあけろ! 吊り橋を下げろ!」


「はっ!」


 レーベ城の門が開き、吊り橋が降りる。

 私はスタロンと轡を並べる。


「将軍、いきなり未亡人を作ってはなりませぬぞ!」


 スタロンが今までになく、頬が引き攣れた顔でそう言う。


「何を言うか、私が死ねば、イオもアーデルハイトも新しき夫と共にするだけのこと。要らぬことは言わず、付いてきてくれ……、わが友よ」


「はっ」


 相手三万に対し、我が方は1000名の兵士。

 まともに野戦になれば、100に一つも勝つ見込みは無いのであった……。

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