第51話……アーデルハイトの素顔

 激しく雨の降る中。

 私は酔ったアーデルハイトをおぶって歩いていた。


「……あ、将軍。申し訳ありません」


 どうやら彼女は目覚めた様だった。

 私は彼女を座らせ、野戦携帯用の水袋の水を飲ませた。


「嬉しゅうございました」


「なんの話?」


 私は少し落ち着いた様子の彼女に尋ねた。


「私の夫と仰ってくださって。うふふ……」


 彼女はまだ酔っているようだ。

 私は再び彼女を背中におぶると、ゆっくりと政庁まで戻ったのであった。




◇◇◇◇◇


 私は眠い眼をこすり、目を覚ました。

 窓から見える空は暗い。

 まだ朝ではないようだ。


「……昨日は飲みすぎたな。うん?」


 自室ではない。

 ……ここは何処だ?


 しかも私の隣で誰かが寝息を立てていた。

 アーデルハイトだ。

 こうして近くで見ていると、可愛い寝顔がイオそっくりだった。

 ……て、落ち着いている場合か?


「……あ、将軍。お目覚めになりましたか?」


「あ、あ、うん。良く寝れたよ。うん……」


「良かったです」


「てか、私は昨晩なにをしたんだろう?」


「……えと、ずぶ濡れだったので、私と熱いお風呂に入りましたよ」


「そ、その後は?」


「仲良く眠っただけですよ?」


「何も無かったの?」


 私は、勇気をふり絞って聞いてみた。


「残念ながら……、何も……」


 どうやら、何もなかったようだ。

 私が寝具より這い出ようとすると、イオとは違うしっかりした腕が私を掴んだ。

 上体を起こした彼女は一糸まとわぬ姿だ。


「折角ですもの。朝までゆっくり語り合いましょう? 私に夢の続きを見せてください」


 この彼女の所作で、私は腹を括った。

 優しく彼女の体を抱きしめ、熱い口づけを交わしたのであった。


「ああ分かった。とっておきの夢を見せてあげよう」


「うれしい!」




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 政庁の離れの一室で、私はスタロンと酒を飲みかわし、昨日のことを相談してみた。


「まぁ、家宰殿が将軍に惚れていたのは薄々案じておりましたし、いい結果になったのではないでしょうか?」


「……え? そうだったの?」


「大方の者が気付いていたと思います。それに貴族様というものは、時には領内の娘をかどわかす者も多いのです。そんなのにくらべれば、全然驚くに値しない目出度い案件だと思います」


「そうか……」


 私はそう諭され、午後から執務室で仕事をすることにした。

 隣のテーブルにはアーデルハイトが書類整理をしている。

 どうやら彼女はプライベート時と仕事をはっきり分ける人物のようだった。




◇◇◇◇◇


 三日後――。

 空は青く澄み渡り、久々の晴天であった。


 私は護衛のナタラージャを連れ、古い街並みの工房地帯を見てまわった。

 金槌の音があちこちで聞こえ、活況であることを感じさせた。

 工房地帯は海側に面しており、交易などの為、港湾に近いところに密集していたのだ。


「この辺が武器工房かな?」


「そうですね」


 ここで私は噂に聞く、武器鍛冶師ウドゥンを尋ねたのだ。


「お邪魔するよ」


「……」


「お邪魔しますね」


「……」


 鍛冶師のウドゥンらしき人物の家を訪ね、鉄を鍛えている男に話しかけるも反応がない。


「入りますよ」


「……」


 男は無言なので、私とナタラージャは勝手に工房に立ち入ったのだった。


「何のようだ?」


 無言の男は突然口を開いた。


「実は私、遥か東の地レーベの領主をしておりまして、ミスリルの鉱脈を発見したのです。

ですが精錬に手間取っておりまして、お力をお借りしたく……」


「帰れ!」


「なんだと!?」


 男の無粋な反応にナタラージャが激高する。

 私は彼女を宥めながら、男の目の前に土産を置いた。


「また来るよ。邪魔したな」


「……」


 無愛想な男ウドゥンに別れを告げ、私たちは工房地帯を離れたのであった。


 政庁への帰り道。

 大通りの繁華街へと出る。

 古都とは言え街は賑やかで人通りも多く、先日までの戦闘を思わせない活況さであった。


「……それ欲しいの?」


「……う、うん」


 ナタラージャが見つめる先には、お姫様をかたどったお人形。

 私は店の親父に値札にあった小銀貨を6枚払い、お人形をナタラージャに手渡した。


「ありがとうございます! でも皆には内緒でお願いします。部隊長の私がお人形を求めたとあっては、恥ずかしくてたまりません!」


「ああ、内緒にしておくよ」


 その後――。

 私とナタラージャは、行きつけの宿屋の食堂で海鮮料理をたらふく食べ、政庁へと戻ったのであった。


 ……意外なことだが、翌日。

 アーデルハイトを連れて工房巡りをした帰り、色違いで同じお人形をせがまれたことだ。

 戦場での勇敢さ、鋭利な政務ぶり、そのいずれもが見た目によらないということであった……。




◇◇◇◇◇


 その晩――。

 外は雨が降っていた。

 そろそろ6月だから、王国では梅雨の時期。

 多分、ここ商国でも同じだろうと思われた。


「……はぁ、極楽極楽」


 ここラゲタの政庁には、高価な魔石式釜の大きな湯船があったのだ。

 私はこの施設がお気に入りで、毎日利用しているのであった。



「……お、お背中流しますわ」


 振り向くと薄絹を纏ったアーデルハイトの姿があった。

 少しうつむき加減で、頬を濃い桜色に染めている。

 この人、政務中と全然雰囲気が違って、ギャップが凄いんだよなぁ……。


「……お願いします」


 私は素直に応じ、彼女にすべてを任せたのだった。

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