第50話……敵将モミジ

 統一歴565年5月――。

 長雨が続きジトジトした毎日。

 私はラゲタ城の政庁を本営としていた。


「王都から使者が参りました」


「急ぎお通ししろ!」


「はっ」


 王都シャンプールから使者が来た。

 とくに最近はしくじった気はしないのだが……。



「王命を伝える、リルバーン将軍にラゲタ城の城代を命じる。陛下の名のもとに統治を託す」


「ははっ!」


 用事が終わったご使者に、高級な葡萄酒などを振舞い丁寧にもてなした。

 本来、城代は君主の代理に過ぎない。

 だが、ここは本国から遠い戦地。


 その場合の城代は、全権責任者と言っても言い過ぎではない権限を有した。

 つまり私は、一応はラゲタの統治責任者となったのであった。



 翌日――。


「よし、牢から敵将を連れて参れ」


「はっ」


 人事権を得た私は、敵将の処遇を決める事にしたのであった。




◇◇◇◇◇


 敵将はイカツイ大男かと予想していたのだが、牢から衛兵に引っ立てられてきたのは女であった。

 さらに言えば、女というにはまだ幼く、精悍な少女といった感じであった。


「其方、名は?」


「名はモミジ。姓は無い」


 少女はぶっきらぼうに応えた。

 だが、姓は無いということでピンときた。


「ひょっとして、ケードの傭兵か?」


「そうだ、我はケードの貴族、モミジだ!」


 この答えを聞いて、隣にいたアーデルハイトと共に部屋を出た。

 そして、ラゲタの名士たちから、モミジについて話を聞いた。


 調べたところによると、やはりモミジは城の防備に雇われたケードの傭兵らしい。

 商国北部の反乱討伐の為、正規の守備隊は出払っており、代わりに雇われたとのことだ。


 そして、モミジの郎党などが中心となり、さらに周囲の村落から募兵した者たちを加えた者たちで城を守っていたらしいのだ。

 さらに、王国軍の使者に焼き印を施した実質的な責任者は海路から逃走。

 あくまでモミジは前線指揮官に過ぎないとのことだった。


 私とアーデルハイトは部屋に戻り、モミジに問うた。


「モミジよ、私に仕えないか? そして今や私がラゲタの主。主を替えたことにはならぬと思うのだが……」


 モミジは少し考えた後にこう言った。


「一族郎党ごときちんと雇ってくれるなら応じる」


「よし分かった。裏切るなよ!」


「我に二言は無い!」


 モミジはそう言い切った。

 幼くも一族を率いる姫武者としての立派さが垣間見えた。

 その姿は、ひょっとして私より凛々しいかも知れなかった。


「アーデルハイト! モミジを預ける、子細はナタラージャに相談してみてくれ」


「はっ」


 モミジが傘下に加わったことで、彼女の郎党たちもおとなしく私の傘下に入ることになった。

 彼女の直属部隊は500名。

 ナタラージャと違い、竜騎士ではなく長弓兵が主力だった。


 その他、村々から集められていた農兵たちは解散させ、その他の戦後の後始末は、教養のあるアーデルハイトに任せることにしたのであった。




◇◇◇◇◇


 戦後の後始末がひと段落した頃。

 私は手の空いたアーデルハイトを執務室に呼んでいた。


「なぁ、アーデルハイト。どこかの貴族家に嫁ぐ気はないか?」


「私が必要でなくなりましたか?」


「いや、そうじゃなくて。一生独身のつもりなのか?」


「私は非情にも妹を家の為に捧げました。私が幸せになる権利などありますまい」


「まぁ、捧げられた方も、今ではのほほんと暮らしているぞ」


「……」


「別に好きな男がいれば、私は別に庶民でもいいと思うぞ」


「家名に瑕がつきまする!」


 そこだけはキッパリと言い切るアーデルハイト。

 リルバーン家を思う気持ちは、少なくとも私やイオの比ではないのだ。

 だが、そうなればなるほど、高名な貴族家への嫁入りがベターなのだろう。


「ご用がそれだけなら失礼いたします」


「……あ、ああ」


 アーデルハイトは機嫌を損ねて退出していった。

 ……どうしたものだろうか。




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 私は市中見回りの日、護衛にアーデルハイトを選んだ。

 そして、見回りがひと段落した夕方、宿屋に併設された食堂に立ち寄ったのだった。


「親父、酒を二つくれ!」


「あいよ」


 私は粗末な普段着を着ていたが、アーデルハイトはそこそこ立派な皮鎧姿だった。

 周りから見れば主従関係は逆に見えただろう。


「まぁ飲め!」


「頂きます」


 彼女は基本的に命令に忠実。

 逆らった向きをすることは、これまで一回も無かった。


 栄螺のつぼ焼きをツマミに、二人で杯を重ねる。

 だが、彼女はあまり酒が強くは無いようだった。


「よぉ、ねーちゃん。こんな貧乏くさい男と飲まないで、俺様とのもうや!」


 陽もどっぷり沈んだ頃、商家の大店の若旦那風の男がアーデルハイトに絡んできた。

 普段の彼女は、貴族らしく近づきがたい雰囲気を持つ。

 だが、今の彼女は酔いつぶれる一歩手前のようであった。


「あ、申し訳ない。またにしてくれんか?」


 私は若旦那風の男に下手でにでた。

 なぜなら彼の後ろには、腕利きの用心棒が二人いたからだ。

 店で暴れられては困るのだ。


「あはは、てめーはねーちゃんの旦那か? ただの友達なら引っ込んでろ!」


 私はそう言われ腹が立った。


「そうだよ、私は彼女の夫だ! 不貞行為をお望みなら役人を呼ぶぞ!」


「……うっ」


 ラゲタの街は古の都らしく、男女の密通には厳しい。

 こういう事情を利用しての嘘は効果的だった。


「貴様、顔は覚えたぞ! 覚えていろ!」


 若旦那と用心棒は捨て台詞を残して去っていった。

 あとには泥酔したアーデルハイトが残されていた。


「よっこいせ」


 私は、酔いつぶれたアーデルハイトをおぶって政庁へ向かったのだった。

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