第49話……ラゲタ攻防戦【後編】

 王国軍正面戦線オルコック本営。


「一体、左翼部隊は何をしておるのだ?」

「穴掘りばかりで攻める気もないのか?」


「この臆病者め!」


 本営での会議で、私とパン伯爵は地方貴族たちの罵詈雑言を浴びた。

 確かに右翼は苦戦していたのに、私たちは穴掘りに腐心していただけだ。

 戦場で血を流すということは、貴族社会で最も尊い行為なのだ。



「……もうよい、我らは先に行く故、其方らにこの城の攻略を任せる!」


 オルコックは私とパン伯爵にそう言った。

 彼等はクロック侯爵だけに手柄を立てられるのが嫌なのだ。

 今の王国の勢いがあれば、商国の首都である商都グスタフの陥落も夢ではないのだ。


「わかりました。ただ、お金の方が心配で……」


 私は総司令であるオルコックに金の無心をした。

 彼はさも汚らしいものを見るような目で応じる。


「いくら出世しようと、やはり傭兵上がりよの。輜重隊ごとおいて行く故、物資は自由にせよ。ただ攻略できぬ場合は責任を取ってもらうぞ!」


「はっ」


 私は畏まり応じた。


「……では、皆の者! 西に向かうぞ! 商都一番乗りは我々ぞ!」


「「「おう!」」」


 総司令のオルコックはそう言い、地方貴族らの軍を引き連れ西へ出立した。

 こうしてラゲタを包囲する部隊は、リルバーン家が3000名、パン家の軍隊が2000名、その他の下級老貴族たちの軍隊などが1000名、計6000名の戦闘員となったのであった。


 そして、この包囲軍の総司令は貴族社会の序列により、この私となった。

 私にとっては、初めての総指揮であった。




◇◇◇◇◇


 王国軍ラゲタ包囲軍本営幕舎。


「……で、将軍。どうやって攻めるのです? お金の無心をされておられましたが、何か妙案が終わりで?」


「こういうのはどうでござろう?」


 私は副将格のパン伯爵に耳打ちした。


「ははは、それは良いですな!」


 パン伯爵も笑って作戦に賛同してくれた。

 その晩、スタロンに命じて周辺の村人や乞食、奴隷や盗賊もどきまでもを集めさせた。



「……本当にお城の石垣一個に、金貨一枚を下さるので?」


「ああ、噓はつかぬぞ!」


 私はオルコックから預かっていた宝箱の蓋を開けて皆に見せた。

 中には金貨がぎっしり詰まっている。


「さぁ、早いもの勝ちだ。この箱が無くなったら、もう金貨はやらぬぞ!」


「おお!」


 民衆たちは闇夜に紛れ、ラゲタ城の城壁に群がり、次々に石垣の石を抜き取り、もっていってしまったのであった。


 ラゲタは古都である故、石でできた城壁も古く、所によっては崩れやすくなっていたのだ。

 そこにめがけ群衆が押しかけ、城壁の石を奪い合うように持って行く。

 城兵たちも眼下の群衆が顔なじみとあって、本気で反撃できずにいたのだ。


 陽が昇り朝日が指すころには、ラゲタの城壁はあちらこちらで崩壊していたのであった。

 それと合わせて、掘っていたトンネルの一本が城内へと到達。

 あとは味方に総攻撃を指示するだけの状態となったのだった。


「将軍、やりましたな」


 パン伯爵は皺くちゃの顔でニッコリ笑う。

 だが、宝箱の中身はすっからかん。

 やはり、オルコック殿に怒られるだろうなぁ……。


 私がそう思っていた頃合い。

 城から降伏の使者がやってきたのであった。




◇◇◇◇◇


 王国軍ラゲタ包囲軍幕舎。

 居並ぶ諸将の上座に私が座り、目の前には降伏の使者が頭を垂れていた。


「我々ラゲタは降伏いたします。命や財産の保全をお約束頂けますよう……」


「命は助けよう。だが、兵たちには三日三晩の略奪を許すつもりだ」


 私は眼をつむり厳しい口調で言い放った。

 使者は狼狽して声を荒げる。


「将軍、正気ですか? ラゲタは1000年以上の伝統を誇る古都ですぞ! それらを兵たちの略奪の犠牲にすると?」


「こちらは攻撃を行う前に、礼を伴い降伏の使者を送ったはずだ。それを其方たちはどう扱ったのだろうか……?」


「……そ、それは」


 使者は途端に青ざめる。


「まぁ、三日のうちに6億ラールを持ってきたら略奪は無しにしてやる。豪商共の蔵を叩き壊してでも集めて見せろ!」


「……は、はい。それでは」


 使者は急いで引き返していった。

 6億ラールとは、概ね日本円で600憶円に相当する。

 行政府の予算では到底足りず、住民達に臨時増税を行うであろうことが予測された。


 我が軍の兵たちの主力は傭兵や農兵。

 リルバーン家も騎兵と弓兵以外は臨時雇いだ。


 彼等の楽しみと言えば、勝利時の略奪行為である。

 実際私も、女王様の仰せが無ければ、兵たちに好きにさせるつもりであったのだ。



 二日後の夕方――。

 ラゲタから銀貨を満載した馬車が到着。

 我が本営に無事に6億ラールが届けられたのであった。


 その銀貨は、その日のうちに従軍主計係によって全額兵士たちに配られた。


「流石はリルバーン将軍。古都の文化財を無事に守られましたな。これは敵にも賞賛される功績ですぞ」


 パン伯爵がそう褒め称えてくれた。

 だが実際、私は傭兵上がりの卑しい身。

 食えぬ文化財に価値を見出しているわけでもないのだが……。


 パン伯爵は文化財に造詣が深く、開城後にいろいろと案内を兼ねて説明してくれた。

 勿論、本音では面倒くさいだけであったのだが。



 ラゲタ開城の翌日――。

 管楽器の演奏と共に、オーウェン連合王国軍はラゲタに正式に入城した。


「開城! リルバーン将軍のご入城!」


「一同、敬礼!」


 私は王国軍旗と共に、隊列の先頭に立った。

 民衆が居並ぶ城内を堂々と行進、ラゲタの行政府に入城したのだった。

 光栄なことだが、すごく緊張して、気持ち悪くなったことしか記憶していない。


 ……あ~つかれた。

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