第44話……魔法の修行と大雪

 統一歴564年11月――。


 王宮の政庁においては、西方出兵派と和平派が議論を戦わせていたが結論は出ず、結果としてここ二年間の戦乱から、ようやっと領民たちに久々に平和な時が訪れていたのであった。

 リルバーン家においてもおおむね平和であり、しばしば行う軍事訓練のみが物々しさを思い起こさせていた。


「お前様、暇なら大魔法使いのアリアス様に魔法を習ってきては如何ですか?」


「……あ、はい、そうします」


 執務室でダラダラしていたらイオに叱られる。

 軍事も内政もようやく人任せに出来るようになったのになぁ……。


 確かに暇な時こそ教練なのだ。

 しかし、あまり勤勉ではない私は、渋々魔法を習いに行くことになったのだった。


 レーベ城を出て城下の街をぶらつく。

 習いに行くからには手土産でも買う必要があると思ったからだ。

 街は店舗や人通りも多く、活気にあふれていた。


 レーベは私が赴任した頃は、小さな村であったが、いまや立派な城下町として栄えていることを実感できて、少しうれしくなる。



「親父、この酒をくれ!」


「あいよ」


 私は普段、みすぼらしい服を着ているので、顔を知らない人は貴族だとは認識しない。

 大きな剣を引っ提げているので、流れ者の傭兵だと見ている人が大半だろう。


 私は酒を買い求めた後にレーベの街をでて、東北にいった小高い山の上にアリアスの家はあった。



「おじゃまするよ」


「はーい」


 アリアス老人の何番目かの奥さんがドアを開けてくれる。

 中へと入ると、飲んだくれた元大魔法使いがゴロゴロしていた。


「これはこれは、ご領主さまではありませんか?」


 老人はそう言い起き上がり、鼻をほじりながら迎えてくれた。


「魔法を習いたいのですが……」


「ほう?」


 老人は面倒くさそうな顔をしたが、買ってきた上等な葡萄酒を見せると、少々やる気になったようだ。

 そこで私は、夜目が異常に利くようになったことを説明。

 それについて意見を求めてみた。


「ん~そりゃ、眼の魔法特性があるんじゃろうなぁ……。そうなると残念ながらに派手な魔法は使えんぞ……」


 古の世では、魔物の大軍をも滅する大魔法などがあったが、今は失われて久しい。

 大魔法使いとして全盛だった時のアリアスでさえ、せいぜい暗雲を呼んで雷を落とすくらいだったらしいのだ。

 アリアス老人は古書を照らし合わせながら、私の魔法の才能を探った。


「……やはり、眼に特化した魔法才能らしい。炎や冷気、雷といった魔法らしい魔法は使えんだろうな」


「ほう」


 老人は残念そうに言う。

 市井で人気の魔法使いとは、やはり炎など目立った魔法を使える者らしい。

 だが私は、なんらかの魔法が使えるだけで良いと思う。


「……まぁ、ここで修練して行きなされ!」


「はい」


 そう言うと老人は怪しげな品を並べ、もうもうと紅い煙が上がる香を炊いた。

 私はそこで言われたとおりに儀式を行う。

 そして、意外に疲れた謎の儀式は二時間で終わった。


「さて料金だが、200テールじゃ。あとで城に請求しておくからな」


 ……えっ!?

 効果不明で有料かよ。


 何だか魔力が上がった訳でもなさそうなのに、えらく疲れた。

 私は、なんだか腹立たしくなって城への帰路についたのだった。



「お前様、おかえりなさいませ」


 自宅兼執務室のドアをあけると、イオが出迎えてくれた。


「……!?」


「どうしました? お前様」


 ……そこにはイオの生まれたままの姿があった。


 こ、これは、もしや透視なのか?

 自分の眼の魔法の意外な能力に驚く。


 私は使いどころの難しい能力を身につけてしまったようだった。

 その後、改めてアリアス老人に師事。

 能力を使い方など、細かいことを習いに、数日間まじめに通うこととなったのだった。




◇◇◇◇◇


統一歴564年12月――。

 この冬の寒波は例年になく厳しく、オーウェン連合王国各地で類を見ない大雪に見舞われた。


 王国は普段は温暖であったので、この寒波の被害は大きく、各地で交通が寸断。

 それに備えのない集落は物資窮乏となった。

 リルバーン伯爵家領も例外ではなく、街道の積雪で各地への流通が寸断されたのだった。


「将軍! どうしたものでしょう?」


「どうしたものって言われてもなぁ……」


 レーベの街から東は比較的未開地で、もともと交通の便が悪かったので被害は少なかった。

 だが、逆に西側へは東都シャンプールも近く、馬車などの往来も多かったのだ。


 よって西側の街道沿いの集落には備蓄は少ない。

 従って、何らかの手段を打たねばならなかったのだ。


「こういう時、ドラゴンでもいればなぁ」


 こうつぶやいたのはスタロン。


「あはは、炎で雪などあっという間に溶かせますからな」


 それにキムが笑いながらに応じた。


 確かに古の昔。

 大きな城塞のような巨躯を持ち、賢者を思わせる知性を兼ね備え、大空を飛翔したドラゴンがいたらしい。

 それらを今では古代竜と呼ぶ。


 だが、今存在する龍族と言えば、ケードを中心に飼いならされた小型龍族であるドラゴネットのみ。

 彼等は強靭な体を持つが、用途的には馬の強化版といったところ。

 人間と会話をかわしたり、空を飛ぶことや、口から火を吐くことなどは不可能であった。


「まぁ、ドラゴネットに頼るしかありませんな」


 そうアーデルハイトが言ったことで、行うことは決した。

 竜騎士たちを説得し、彼等に西方地域への物資運搬を担ってもらうことにしたのだ。



「これをつけるのですかな?」


「そうだ、全てのドラゴネットの足に装着させよ!」


 ドラゴネットの大きな足とはいえ、雪に足が埋もれては困る。

 雪に足がめり込まぬ様、彼等に大きな草鞋を履かせることで対策としたのだ。


「出発!」


 計20両にのぼる馬車ならぬ、竜車を編成。

 これより一か月、ドラゴネット達を緊急物資の輸送に従事させたのであった。

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