第43話……銀髪で肌白い女

「葡萄酒を二杯頼む!」


「あいよ」


 今日はスタロンを連れてエウロパの港町へやってきた。

 一通りの雑務をこなした後に、大通りの大きな酒場で飲んでいたのだ。

 ゆえあって、今回は商人に変装してきている。


「さぁ! ショーのはじまりです~♪」


「いよっ!」

「待ってました!」


 立派なステージの上に、可愛い踊り子たちが居並ぶ。

 セクシーな衣装で、次々にハードで際どいダンスを踊る。

 既にお酒の入ったお客は大喜びだ。


 ここぞとばかりに、金銀のおひねりが飛び交う。

 さらに飛ぶようにエールの注文が入り、ウェイター達が忙しなく注文に応じる。



「ここは景気が良いなぁ」


「そうですなぇ」


 私はスタロンにそう呟く。

 しかし、よく考えたら、自分の領地なのだが実感がまるでない。

 居城があるレーベにこんな活気は無いし、ここはまるで別世界のような景気のよさだったのだ。


 宴もたけなわになった時。

 踊り子たちは退場、酒場は落ち着いた雰囲気へと変わっていく。



「本日の目玉はこちら!」


「おお!」


 十数人の後ろ手に縛られた若い女性たちがステージに上がる。

 そう、ここは奴隷市場の会場であった。


 オーウェン連合王国は奴隷を禁止していない。

 それは周辺各国も同じである。


 何故かと言うと、戦争で勝った時の捕虜を売却するのは、諸侯や地方貴族にとって重要な収入源であり、禁止するのは無理な事だったのだ。


「お次の女性は10番! 客席ナンバーボードを掲げてコールをお願いします!」


「1500テール!」

「わしは2000テールだ!」


 次々に奴隷が落札されていく。

 それに伴い、女性たちはどんどん入れ替わっていった。

 実は私も奴隷を買いに来ていたのだ。



「21番」


「将軍、来ましたぞ!」


「おう!」


 遂にお目当ての女性が来た。

 彼女は中肉中背で、美しい銀髪と白い肌の持ち主だった。

 胸元が大きくはだける艶めかしい服を着させられ、口には猿轡がかまされており、苦悶の表情が見て取れた。


「2500テール」


 私はまずまずの値段、2500テールを提示した。


「3500テール!」


 ……競合が出た。

 不味いな。

 見てみると、相手は金持ちそうな商人であった。



「5000テール!」


 私は一気に突き離そうとする。


「10000テール!」


 ……げ。

 何でそんな釣りあげるんだ?


「20000テール!」


 私も意地になるが、スタロンに落ち着く様に身振りで諭される。


「30000テール!」


 ……くそっ。

 キリがないぞ。


 相手の商人を見ると、派手な女性を三人侍らせていた。

 彼女たちへの見栄の都合、負けるわけにいかないのだろう。


 私は競りをスタロンに任せ、競争相手の商人の元へと赴いた。



「どうかなさいましたかな?」


 相手の商人は、自慢そうに髭をさすりながら私に問いかける。


「すみませんが、21番の女性。私に譲ってくれませんか?」


 私は揉み手をし、下手に出て訴えた。

 そうすると、相手と周りの女性たちは満足そうな笑みを浮かべた。


「わはは、仕方ありませんな。ここは前途ある若者に譲りましょう!」


「ありがとうございます!」


 こうして相手のコールを止め、スタロンに21番の女性を落札させたのであった。



「スタロン、急いで宿に戻るぞ!」


「御意!」


 私達は女性を担ぎ上げ、急いで会場を後にした。

 そして、女性を宿の一室に連れ込んだのであった。




◇◇◇◇◇


 宿の部屋の中。

 深夜に赤々と蝋燭だけが光る。


「貴様の思い通りにはならんぞ!」


 猿轡をとると、女性は凄い剣幕で喚いてきた。

 今にも舌を噛み切りそうな勢いだ。


「いやいや、落ち着かれよ」


 スタロンが女性に落ち着く様に言う。

 さらに、女性の自由を奪っていた手を縛っていた縄を切る。


「……ぬ? お主ら何が目的だ? 私の体が目的ではないのか?」


 女性はやっと落ち着いたようで、私は温かいお茶を三人分用意した。

 本当は酒が飲みたいのだが。



「ははは、貴方の身柄が欲しいのは間違いありませんよ。オリビア=スカーレット提督。いや今は海賊でしたかな? ははは……」


「……くっ! 何故それを? お主何者だ!?」


 オリビア=スカーレット提督。

 数々の海戦にて功績をたてたオーウェン連合王国の若き海軍将校。

 王国の腐敗に立ち上がるが、政治闘争で敗れ、義賊ともいえる海賊となる。


 そのスカーレットが、海賊同士の抗争に敗れ、エウロパの港町に売られるとの情報を、海の衆であるロボスの元から届けられたのだ。

 その情報をもとにラガーにも調査させ、今夜21番で売りに出るという正確な情報を掴んだのだ。


 この情報収集は結構な手間と金がかかっている。

 よく情報を大切にせよと言うが、なかなかに実行するのはコストがかかるのだ。



「私はシンカ―=リルバーン。王国で伯爵をしております」


「……ぇ!? お前が、否、卿が噂に聞くリルバーン伯爵だと?」


「左様でございます」


 私とスタロンは商人の服を脱ぎ、家紋の入った剣を見せた。

 でも、噂に聞くってどんな噂だ。


「……こ、これは恐れ入った。で、私を買った理由とは?」


「それは朝になってからにしましょう」


 その後。

 私は宿の親父に言って、スカーレットの着替えと、温かい蒸し風呂を用意させたのだった。




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 私とスタロンは、スカーレット提督を船着き場に案内した。

 そこはリルバーン家専用の埠頭で、泊まっていたのは新鋭の軍艦であるリヴァイアサンであった。


「立派な軍船だな! 一度乗ってみたいな」


 スカーレットは他人事で、呑気にそう言う。


「いや、是非に船長として乗って頂きたい。スカーレット提督!」


 私がそう言うと、彼女はきょとんとした顔をしたが、すぐに凛々しい顔に戻る。


「……おう、任せろ! 私を買った事、後悔はさせないぞ!」


 人前で『買った』とか大声で言わないで欲しいなぁ……。


 その後、レーベに戻って、彼女を正式に軍艦リヴァイアサンの船長に任命。

 乗員の訓練、指揮など一切を任せたのであった。

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