第42話……鉱業・漁業・林業

 ナタラージャを側室に迎えることはイオに許可を取り、正式に決まった。

 これはリルバーン伯爵家の統治の盤石化にも資し、家臣たちからも歓迎された。


 だが宴は、内輪でそっと行った。

 なぜなら、正妻であるイオの時も、近所の小さな教会であげただけだからだ。


 オーウェン連合王国において、正室の立場は圧倒的だ。

 側室とは言わば、正室の家臣のような扱いだったのだ。


 又、ナタラージャは引き続き親衛隊長を務める。

 それは本人の強い意志によるものであった。


「これからも宜しくね」


「はい」


 武人のような気丈なナタラージャも好きだが、恥ずかしそうに小さく頷く彼女の姿もまた、可愛かった。

 そして、彼女の唇の感触はとても柔らかかった。




◇◇◇◇◇


 宴から三日後の領主屋敷。

 難しそうな顔をしたキムがやってきた。


「どうした? キム」


「実は鉱山の件でして。鉱山の拡張を計画しているのですが、鉱夫が集まらないのです」


「うーむ」


 内政にも軍備にも、そして政治工作にもカネは必要だ。

 リルバーン家が比較的それらの資金に困らないのは、金山をはじめとした鉱山収入のお陰であったのだ。


 鉱山労働者の仕事は厳しい。

 鉱毒の影響もあり、あまり長く生きられないとの噂もあった。

 給金は良かったが、それだけでは拡張分の人手には足らなかったのだ。



「無理やり領民を動員するわけにもいかんしな」


「……ですなぁ」


 一般的に鉱山労働者は戦争捕虜の職場だ。

 だが、酷い領主になると、領民を搔っ攫って鉱山で働かせることもあるようで、他人に聞かせられない冗談だった。


「よし! 教練代わりに、再び山賊狩りだ!」


「はっ!」


 私はスタロンに命じて騎兵100名を招集。

 それに加えて、竜騎士25名を加えたメンバーで、山賊狩りをすることにしたのであった。


 王国では、賊は縛り首と相場が決まっている。

 彼等を鉱山労働者にしても、どこからも文句は来ない算段であったのだ。




◇◇◇◇◇


 オーウェン連合王国領北東の山岳部。

 シャンプールの北西部、王宮直轄領にて許可を得て山賊狩りを行う。


「突撃!」


 山賊どもを霧深い山岳地へと追い込むのは不味い。

 予め伏兵を置いている方向を空けておいて、山賊たちを一気に覆滅する作戦であった。


「降伏しろ!」


 作戦は拍子抜けするほど上手くいった。

 強敵相手の連戦が、私を指揮官として強く鍛えてくれていたのかもしれない。



「縛るロープが足りませんな」


「……ははは」


 この覆滅作戦を三度繰り返し、300名を超える捕虜を得た。

 それとは別に王宮から討伐の報奨金が出してもらい、今回はホクホク顔でレーベ城に戻ったのであった。


 これにて鉱山部門は安泰。

 金銀の産出に加え、少量のミスリル銀も引き続き期待できそうである。




◇◇◇◇◇


 鉱山収益の次にお金をもたらせてくれるもの。

 それはエウロパ港で作られる干し魚であった。


 干し魚は、王都シャンプールに送り、多大な収益となるのだ。

 ……だが、その責任者のラガーが、私の執務室に渋い顔をしてやってきたのだ。



「将軍、実は干し魚の製造が上手くいっておりません」


「魚でも獲れなくなったのかな?」


 干し魚の原料は主にタラが使われていた。

 きっと、そのタラの不漁だと私は思ったのだ。


「いえ、それが塩の方で……」


「塩? そんなもの海に幾らでもあるのではないのか?」


 無知な私がそう言うと、ラガーの親父が丁寧に教えてくれた。

 塩は海に無限にあるが、それを煮詰めるためには、火が必要だったのだ。

 その火の燃料になる魔石が値上がり、塩の供給が不安定になっているとのことだったのだ。


 ちなみにこの世界の魔石は、一般的に火をおこし、煮炊きするのに使われる。

 生産地は限られ、我が領には産出地はなかったのであった。



「では、木材を燃やすのはどうだろう? 魔石の一時的な値上がり分くらい、何とかなる気がするのだが……」


「なるほど!」


 ……だが、言うは易し行うは難し。

 エウロパ港の周囲には良い森林が無く、結局は遠くの伐採所に頼るしかないという具合だったのだ。


 これを運搬するために、商人から馬車を大量に借りては本末転倒だ。

 新たな方法を模索しなければならなかった。



「……ねぇ、ナタラージャ、ドラゴネットで何とかならないかな?」


 馬より強靭なドラゴネット。

 その馬を超える力で、何とかならないかと尋ねてみたのだ。


「やってみたことはありませんが、やってみましょう!」


 先日のケード連盟からの報償で、我が伯爵家が保有するドラゴネットの数は100匹。

 それに付随する竜騎士たちは誇り高く、この仕事に不満であった。

 だが、給料を払っているのは私なので、渋々協力してくれたのだった。



「えっほ、えっほ」

「気をつけろよ!」


 樵たちが大木を切り倒す。

 それをロープで縛り、何組かの竜騎士がチームを作り、丸太を豪快に引きずっていく光景は圧巻だった。


 この伐採及び、運搬作業は二週間行った。

 エウロパの港町に運び込んだ丸太の良い部分は商人に卸し、端材の部分を塩の煮炊きに使った。



「いやー大成功ですな!」


「あはは」


 喜ぶラガーに私は苦笑い。

 この作業で、商人達に売った材木代が、かなりの副収入になったのだ。


 この件は悪いけど、ナタラージャ達には内緒にしておこう。

 きっと武力だけでは、戦は出来ないのである。

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