第41話……ナタラージャと一族

「……、我等は根無し草なのです。何卒ご一考を!」


「ああ、わかった」


 私は来客の退室に合わせて、小さな溜息をついた。

 来客の話は長く、お出したお茶は冷え切っていた。



「どうしたんです? お前様」


 代わりに部屋に入ってきたのはイオだった。


「いや、オヴの一族の長老が来たんだよ」


「へぇ、何の用でしたの?」


「ナタラージャを、私の側室にして欲しいんだって」


「まぁ、でも何でです?」


「えっとね、……」


 リルバーン家の旧臣派閥にはイオが当主の正室に収まっている。

 半面、北部から大量に移民として流れてきたオヴの遺臣たちは、現領主との血縁のつながりが全くない。


 当主とのつながりがない地域や民には、理不尽な苦役や重税が課されるのがこの世界の常だった。

 つまり一族のためには、何としてでもナタラージャの犠牲が必然との思惑のようなのだ。



「犠牲ですか? 失礼な話ですね」


 イオは顔を膨らませた。


「……ぇ?」


「だってそうじゃありませんか。お前様は仮にも王国の将軍閣下ですよ。願ったら結婚できるほど安い存在じゃないですわ」


「……あはは、確かにそうかもね」


 確かに言われて見るとそうだが、つい先日まで嫌われ者の傭兵だったのだ。

 感じ方は急には変われるものではない。

 私はその場を笑ってごまかすしかなかったのだった。




◇◇◇◇◇


 統一歴564年10月――。

 エウロパの港で新造軍艦が完成した。


 この船はリルバーン家が初めて作った専属の軍艦で、大型バリスタや投石器を備えた新鋭艦であった。


「艦名は、リヴァイアサンとする!」


 完成式典は、周辺の領民も招かれ、一種のお祭りパーティー的なものとなったのだった。



「いやぁ、これでお家の名声も高まるばかりですな!」


「ありがとう」


 毛皮商人のホップに葡萄酒を注がれる。

 彼は最近、毛皮取引で大きな財を築いているらしい。

 先日も高価な珊瑚の髪飾りを、イオに献上していたのだ。


「これでお世継ぎが産まれれば万々歳ですな!」


「ははは、左様」


 旧臣たちは跡継ぎネタで盛り上がる。

 どうでもよさそうなこの話、彼等にとっても重要なのだ。


 王国のしきたりで、貴族家当主に実子がおらずに当主が亡くなった場合は、その貴族家がとり潰しとなり、家臣たちは路頭に迷うのだ。

 戦死でもほぼ例外は無いのだ。


 それだけ跡継ぎ問題は家臣としても必至の事案であった。

 この制度は不人気であったが、王宮の財源補填の意味合いがあり、改正はほぼ不可能とされていたのだ。



「ポコ~♪」

「風が気持ちいいですわね」


「ああ」


 リヴァイアサンの試験航海は順調で、私もイオも船上で気持ち良い風を受けたのだった。


 この船の乗員はリルバーン家の者に託す予定だが、訓練教員を兼ねて、暫し海の衆の頭目であるロボスが臨時の船長に就任した。

 やはり、急ぎ海上指揮官も育成せねばならないだろう。




◇◇◇◇◇


「将軍お時間ですぞ!」


「ああ、わかった」


 私の執務室にナタラージャが訪れる。

 今日は私の乗竜訓練の日だ。


 教官はナタラージャ。

 ケード育ちの彼女に比べれば、私の腕前はまだまだであったのだ。



「はいよ、コメット!」


 コメットは私と教官役のナタラージャを乗せ、草原を全速力で走る。

 今日の空は晴天で気持ちよく、勢いよく海岸のあたりまで駆けて行ったのだった。



「……あっ!?」


 不運にも崖上でコメットが岩に足を取られた。

 あっと今に崖から転落。

 私達は海に真っ逆さまに落ちたのだった。


 海中に落ち、急いで海面方向を確認。

 急いで海面に泳ぎ出る。


「ぷはー!」


 近くに浮いていた木片を掴み、溺れかけていたナタラージャを急ぎ抱きかかえた。

 海流に流されつつも、必死に泳ぎ、海岸へとたどり着く。



 ゴロゴロ――。

 運悪く空には暗雲が漂ってきて、あっという間に豪雨となった。


「……こ、ここは?」


「ナタラージャ! 気が付いたか? 良かった良かった。あそこに見える洞窟で雨宿りしよう! 歩けるか?」


「は、はい」


 ふらつくナタラージャの手を引き、洞窟の中へと入り、暫しの雨宿りをしたのであった。




◇◇◇◇◇


 洞窟の中。

 外には雷鳴が轟き、雨の音が聞こえる。


 私達は濡れた服を脱ぎ、背中合わせになって、焚火の火で体を温めた。



「ごめんね、落ちちゃって」


「……いえいえ、あの時、私も考え事をしていて……。えと、長老様からお話はお聞きになりませんでしたか?」


 彼女は元気のない声で応じる。


「……ああ、聞いたよ」


 彼女は若い。

 そのようなことで悩ますのは酷だと私は思う。


 だが、彼女も貴族だ。

 自分よりも家や一族郎党に責任を持つ立場でもあったのだ。



「私のこと、お嫌いですか?」


 彼女は此方を向き、俯き加減に聞いてきた。

 一糸纏わぬ彼女の姿が視界に入る。


「嫌いじゃないよ。でも御家の為にいいのかい?」


「お家の為ではないです。私は……、将軍、殿、いえ、貴方様が好きなのです。今ここで抱いてください!」


 私は彼女の突然の告白に面食らう。

 なぜなら、彼女は今までそんな素振りを見せてこなかったからだ。



「無理しなくていいんだよ」


「いえ私、敵中に真っ先に突撃する貴方様に、とても殿方を感じるのです! きっと父も戦場ではそのように振舞ったのだと……」


 ……オヴ殿か。

 私より遥かに勇敢であったのだろうな。

 私がそんなことを思っていると、彼女は私の方に寄りかかり、スヤスヤと寝息を立てていたのであった。

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