第38話……雷雨の奇襲劇!

 ケードの姫君であるフィーより、ケードの当主への紹介状を貰い、旅路はさらに北に向かった。

 彼等はオヴと同じくファミリーネームを持たない。

 ケードの当主はドンといい、こと野戦では常勝、また謀略の使い手とも言われていた。


 そんな相手に会いに行くのだ。

 私はかなり緊張していた……。


 旅の途中、我々は湖で有名なフェザー盆地で宿をとった。



「ポコ~♪」

「奇麗ですわね」


 宿の二階から眺める湖の景色は絶景であった。

 晩御飯は、宿の親父に湖アユの塩焼きなどを振舞って貰ったのだった。

 親父の塩加減が魚の脂を引き立たせ、絶品の味であった。



――翌日。

 地名の由来ともなっているフェザー聖殿へと向かう。


「礼拝にいこうか!」


「はい!」


 曲がりくねった長い階段を上る際、多くの聖職者とすれ違う。

 このフェザー聖殿は、周辺の国家にも沢山の信者を抱える聖地であった。



「これは僅かではございますが……」


「痛み入ります!」


 高位の聖職者にお布施を渡す。

 地獄の沙汰も金次第。

 この世界の聖職者は、豊富な武力を持っており、敵に回すと厄介であったのだ。


 高位の聖職者と面会した後、のんびりと礼拝。

 うっかり外交案件を忘れそうになりながら、宿に戻ったのであった。




◇◇◇◇◇


「さぁ、行きますか!」


「ポコ~♪」


 フェザー盆地を出てからは、目的のネヴィル地方へは馬車で南西に向かう。

 場所によっては霧が深く出、道を見失いそうになる。

 さらに険しい山道では、魔物や獣に襲われながらの旅程であった。


「……ふぅ」


 峠を三つ超えたあたりで、向こう側の高い峰に、目的のアガートラムの城が見えた。

 ケードの当主の軍勢は、この城を包囲攻略中とのことだったのだ。


 途中の小川の畔で休憩を挟みながら目的地へと向かう。

 攻城用の陣地が見えたと思ったところで、ケード側の哨戒網に引っかかった。


「誰だ、貴様!? 見慣れんやつだな」


 警戒中のケードの兵士に呼び止められる。

 早速怪しい奴として、部隊長格の騎士のもとまで連れていかれた。



「御当主様にお会いしたいのですが……」


「……うん? そう言うことなれば、案内仕る!」


 姫君フィーの紹介状の威力は絶大で、わざわざ護衛までつけて本陣まで案内してもらったのだった。




◇◇◇◇◇


「よう参った」


 私は案内された幕舎の中で、ケードの領主であるドンに謁見。

 彼はイカツイ面持ちの髭面で、初老の入道頭であった。


 なんとなく彼も、娘さんと同様に少し体調が悪いように見えた。

 一通りの挨拶が終わると、私はお土産のミスリル銀の剣を献上した。


「これは稀有な宝剣にて、是非とも御当主様に……」


「おおう! これは見事な色合いじゃ」


 ケードの民は戦に強いが、これといった工芸品はない。

 得るものは主に、戦にて略奪に頼る民だったのだ。

 とくに贅に凝った剣は、当主の顔を綻ばすに十分だった。



「……じゃがのう、独断で共和国と和を講じる国は信用できぬ」


 しかし、話が外交問題に移ると、当主は突如渋い顔になった。


「さすれば、如何にすればよろしいので?」


「それには、やはり戦じゃ! 一緒に戦ってくれれば、国は信じられずとも、其方のことは信じてやろうぞ!」


「……はっ?」


 頭が疑問符だらけになったが、どうやら城攻めに参加しろ、ということらしい。

 今回、私は兵を連れてきてないのだが、それでもいいのだろうか?


「まぁ、細かいことは、そこのアイアースに聞け! 早速今晩から頼むぞ!」


 ……え?

 今晩から何をするの?


 何をさせられるのか分からないまま、イオ達を本陣の幕舎に預け、アイアースという男に付いていったのだった。




◇◇◇◇◇


 このアイアースという男、歴戦のつわものらしい風格を携える。

 どうやら、ケードでは名のある重臣であるらしい。

 その男が言うには、


「今宵、城に夜討ちに参る!」


「……え?」


 外はざぶざぶ大雨が降り、しばしば雷鳴が轟く。

 確かに奇襲にはもってこいの条件だが、ここは山間地で気温も低かった。

 つまり、兵が凍える心配があるのだ。


 そもそも攻城の基本は包囲であり、無理な強攻ではないはずだ。

 そう進言すると、


「臆病者は来なくていい。行けるものだけで行くぞ! ついてまいれ!」


「「応!」」


 この男についていく奇襲部隊の兵は僅か500名。

 臆病者と言われるのは癪だ。

 その中には、結局私も入っていたのだ。


 今回の私の鎧は、ドラゴネットの鱗で出来たラメラアーマーで、動きやすい事には間違いなかった。


「静かに歩けよ!」


「はっ」


 馬には布を噛ませ、音が出ないよう細心の注意が払われる。

 豪雨なので松明が使えない。

 頼るは、魔法使いが唱える小さな灯の魔法のみ。


 この行軍の途中で、傭兵達に聞いたのだが、我が方の食料は尽きつつあるということだ。

 土地が貧しいケードらしい事情なのだそうな。


 ……それで、奇襲なのだな。


 事情を理解して、多少はやる気が出たのだが、まずは冷たく水流の激しい川に腰までつかった。

 川底の石も苔だらけで、足がすぐにでもとられそうになる。

 相手の城が、川を濠代わりにしているので仕方ないとはいえ、大雨が降る中の渡河はきつかった。


「あ、助けて~」


 幾人かの兵士が激流に飲まれる。

 それを無視するかのように、奇襲部隊の指揮を執るアイアースは先頭を進んでいた。



「行くぞ! 各自縄を持て!」


「はっ!」


 お次は、敵城の搦め手を目指しての崖昇り。

 相手が待ち受ける場所に行っては奇襲にならないだが、断崖絶壁の急斜面に生きた心地がしなかった。

 我々は草木や岩を掴みながら、そしてまた、それを数少ない足場にして、慎重に急こう配の崖を登った。


「ぎゃあ!」


 足を滑らせ滑落するもの多数。

 だが、悲鳴もすぐに豪雨の音で打ち消される。



「最後は、これを登るぞ!」


 崖を登った先でアイアースが指し示すのは、石造りの敵の城壁であった。

 奇麗に積まれた石の壁は、ほとんど足場になるようなものがない。


 よって、複数の短剣を城壁の隙間に突き刺し、ゆっくりと昇っていく。

 全ての場所が雨で濡れ、著しく滑りやすくなっていたのだった。


 ……よし。


 私は途中から急いで城壁を登り、城壁を一番乗りで登り切った。

 奇襲において敵地に一番乗りするのは勲功第一なはず……。



「……いざ、参らん!」


「ぐはっ!」


 私は、素早く城壁の上にいた敵の見張りを切り倒し、味方の兵を照らす篝火を打ち倒したのであった。

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