第37話……ケードの姫君フィー

「……ふぅ」


 山間の街道で、私は剣についた魔物であるオーガの血をぬぐう。

 今回、魔物に出合うのは4度目。

 奴らは軍隊の行軍中には出くわさないが、行商の馬車などはよく襲ったのだ。

 馬車一両だけの我々は、格好の獲物に映ったに違いなかった。



「見えたぞ!」


「ポコ~♪」


 山道を駆けのぼった先に、ケードの本拠地であるラム盆地が見えた。

 ケードの地は痩せた山間地ばかりだが、ここだけは違った。

 盆地の西側を大きな川が流れ、所狭しと小麦畑が広がっていたのだ。



「身分証を見せろ!」


 ラム盆地の入り口には大きめの関所があり、そこを抜けると、比較的大きな宿場町が拡がっていた。



「いらっしゃい、今日の宿はお決まりですか?」


「いや、まだだが」


「お安くしておきますよ」


 人が良さそうな小太りの呼び込みに、私は応じ宿を決めた。

 馬車を宿の裏の馬屋にとめ、宿の表門から入った。


「いらっしゃいませ、御人数は?」


「四人だ」


「畏まりました」


 今回の人間のメンバーは、私とイオと御者、そして侍女の4名だった。

 私は宿屋の主人に前金を渡し、フロントの横にある食堂の席に着いた。



「ここの名産は何です?」


 そう聞くと、宿屋の主人はウズラの味噌焼きと蒸し栗、そして鮎の塩焼きを勧めてきた。

 わからないので、オススメをそのまま頼む。


「お前様、味噌ってなんですの?」


「わからない」


 結局味噌というのは、御者も侍女も知らず、皆で初めての体験となった。

 運ばれてきた料理は香ばしく、とても美味しかった。


 食事後、酒を飲みたい気分だったが、今日は飲み友達のスタロンがいない。

 仕方なく二階の客室で、早々と休むことになった。


「……ふう、疲れた」


 部屋に入ると、にっこりと笑う薄絹姿のイオが待っていた。


「お、ま、え、さ、ま~」


「……え!?」


 イオは私に抱き付き、そのまま二人は寝具に倒れ込んでしまった。

 こうして異国での長い夜が始まったのであった。




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 朝食を摂った後に宿を後にする。

 ここからは、ケード連盟の主の館までは近いはずであった。


 青々と茂るイシュタール小麦畑を抜けると、城下町が見えてきた。

 城下町には粗末な門があるだけで、立派な塀といったモノはなかった。


「干し魚はいらんかぇ~?」


 魚屋を見ると、ウチの領内で作られた干し魚も売っていた。

 流石に山国、魚は川魚が主流であり、肉は猪のモノが多かった。


 ケードは軍事大国だが、城下町は貧弱で粗末なものと感じた。

 評判ほどは国力が無いのかもしれない。



「こういうものだが、主様に御目通り願いたい」


「どうぞこちらへ」


 私は領主館に着き、門番に手紙を託すと、暫し後に中へと案内された。

 そこで中級クラスといった風の家臣の出迎えを受ける。


「実は、御館様はご出陣中で留守でございます。留守居役の姫様ならばいらっしゃいますが、いかがなさいますか?」


「是非ともお会いしたい」


「かしこまりました」


 正直、表敬訪問みたいなものだから、会える人には会っておいて損はなかった。

 私達は暫し後、館の奥にある広間へ通されたのだった。




◇◇◇◇◇


 私が下座で控えていると、上座の主が侍女に手を引かれてやってきた。

 どうやら病で弱っている様だった。


「……ゴホンゴホン、わらわはケードの王、ドンの嫡女でフィーと申す」


「お初に御目にかかります、某、オーウェン王国伯爵シンカー=リルバーンと申します」


「おもてを上げい!」


「はっ」


 フィーという姫は若くして白髪であり、耳はエルフのものに酷似していた。

 病のせいであろう、顔は苦悶に満ち、気怠そうな感じであった。



「わらわの姿が珍しいのであろう? ……まあよい。用は何じゃ?」


「はっ! 両国のつつがない友好を祝いまして、……」


「馬鹿を申せ! 貴様等が共和国の凶徒と組むから、我々は各地で苦渋をなめているのだぞ! 貴様、本当のことを言え!」


 ケードの姫様はお冠だ。

 だがその状況判断は正しい。

 我々が共和国と和を講じたから、ケード連盟は各地で苦戦しているという噂は各地に伝わっていたのだ。



「いえいえ、滅相もない。これはほんのお気持ちばかりの品ですが……」


 私は侍女に命じて、王宮から預かっていた金塊を運ばせた。

 ケードは北の蛮族と、東の大国である共和国との二正面作戦。

 冬から春にかけても戦続きで、カネは喉から手が出るほど欲しいはずであった。


「足元を見おってからに……、で? 何が目的だ?」


 確かにケード連盟とは仲が悪くなったが、長年の同盟関係を破棄したわけではない。

 そもそも、ケード連盟はこれ以上敵を増やしたくないはずであった。



「某、オヴ殿と親交がございまして、オヴ殿のご息女を匿っており申す!」


「……ほう、あ奴の娘をか?」


「さらにジフの地の継承権もこちらに……」


 私はオヴから貰った手紙を姫に見せた。

 姫様は興味深そうにうなずく。


「……ほう、では今、共和国が支配しておるジフの地はお主のモノだと?」


「左様でございます」


「で……、取り返す気はあるのか?」


 ケードの姫は眼を細めて私に聞いてきた。


「……も、もちろんございます」


 言ってしまった。

 王宮に共和国と戦う気はないし、そもそもそんな余力はない。

 だが、こうでも言わねば、ケードの姫様のご機嫌は悪くなるばかりだったのだ。

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