第36話……外交親善特使

「ど、どうしたんだろ?」


 鏡から離れて、慌ててイオに聞く、


「お前様、もしかしてあの薬。あの、闘技場の時の……」


「ぇ!? あんなの嘘でしょう?」


 だが鏡を再び鏡を見ても、同じ。

 小さく紅い紋章がくっきりと……。



「じゃあ、魔法がつかえるのかな?」


 試しに何かを念じてみるも、何も出ない。

 本当は、火とか氷とか出るんじゃないのか?


「駄目だ、出ない!」


「お前様、魔法などすぐには使えるものではないですよ」


 そうイオに宥められ、魔法を使うのを断念。

 さらに、イオに謎の銀色のネックレスを首にかけられた。


「これで眼の紋章は他人からは見えません。しばらくトラブルを防ぐためにかけておいてくださいね」


「ふーむ」


 確かに魔法が使えないのに、使えると思って貰っても困る。

 私はおとなしくイオの言うことに従ったのだった。


「ポコ~♪ ムフ~♪」


 ポコリナがエッヘンとばかりに胸を張っている。


「あーそうですよ、魔法使いとしては貴女が先輩ですよね……」


 もしかしたら、魔法が使えるようになったのに、なんだか序列が下がったような思いをした朝だった。




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 馬車で王都シャンプールを離れようとしたら、後ろから使い番の馬が駆けてきた。


「またれい! またれい!」


 御者が馬車を止めると、使い番は王国の宰相殿の使いだった。

 あとから、宰相殿の馬車が追いつく。


「すまんな。将軍。少し話が出来んか?」


「ええ、かまいませんが」


 私は宰相殿の馬車に乗り移り、木でできた扉を閉めた。


「……実はのぉ、困ったことが起きてな」


「なんでしょう?」


 話を聞くに、クロック侯爵を推す貴族連合は、今回の商国との和平に反対らしい。

 王宮の外交政策の方向としては、そういう意向を無視できず、停戦は長く続きそうにはないとのことだった。


「……で、将軍にお願いがあっての」


「なんでしょう?」


 もし商国と再び構えることになった時、王国の北側に領土を持つケード連盟との関係が心配だということであった。

 ケード連盟とは、フレッチャー共和国の件で関係が悪化していたのだ。

 そこで私に親善特使となって欲しいとのことだった。


「私に務まりますかね?」


「将軍はオヴ殿の遺領、ジフの地の継承者であろう?」


「……ああ、そう言えば」


 確かに、オヴからジフの領地を託されていたが、その土地は、今はフレッチャー共和国の支配下で、実効的なものでは無かったのだ。


「まぁ、それをきっかけに挨拶くらいはできるじゃろ? 今、王国にケードの縁者はほとんどおらんのじゃよ」


「わかりました」


 つまり、ケード連盟に少しでも縁があるから、私に行けということらしい。

 商国との和平の破綻もまだ少し先であろう。

 皆に領地の開発を任せ、ケードの地へ行ってみることにしたのであった。




◇◇◇◇◇


 レーベの行政府。

 私は、魔法の使えない魔法使いであるアリアスを、執務室に招いていた。


「え? 純度100%のミスリル銀の剣ですと? そのような物、脆くて役には立ちませぬが……」


 希少金属のミスリル銀。

 それはあまり純度をあげると、脆くなるとの噂だった。


「しかも100%となると精錬の腕が問われます。一体何用で?」


「えーっとな」


 私は、ケード連盟の長を外交使者として尋ねる事と、その長に献上品として純度100%の剣を贈答品として使うことを提案した。


「困りましたな……」


 この老人、私の家臣というよりは客分に近かった。

 そこで、宰相からお土産で貰った、限定品の葡萄酒を机に置いた。


「これでどうかな?」


「わかりました!」


 そう、この老人、酒と女に滅法弱いのだ。

 きっと、女と酒の為なら、私の寝首をあっさりとかくであろうことが予測できた。


 剣は領内の工房で、昼夜突貫で作られ、10日後には私のもとに届いた。

 さらに私の馬上用の長剣と甲冑を新調。

 甲冑はフルプレート仕様であったが、ミスリル製でとても軽い優れモノであった。


 さらに、外交用の馬車も新調。

 経費は後払いであったが、全額王宮が負担してくれるのが、せめてもの幸いであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴564年7月――。

 この年の夏は暑く、里にも夏虫が煩いぐらいに鳴いていた。


「出発!」


 珍しくにわか雨が降る昼下がり、私はケードの地へと出立したのだった。

 外交親善が目的なので、妻のイオも連れて行く。

 イオとポコリナはお出かけ気分のようでルンルンである。


 我々をのせた馬車は、まずは自領を北上する。

 この辺りの地は、旧臣たちの自治領が多かった。

 どの畑にも水は来ており、干ばつの恐れは無いようであった。


 だが、国境を過ぎた頃には、様子が一変する。

 ここは元オヴの領地であったが、畑の渇水が酷く、土がひび割れていたのだ。



「……のう、この辺りの畑はどうなっておる?」


 道行く老いた農民に聞いてみる。


「えーっとなぁ……」


 老いた農民曰く。

 ここはフレッチャー共和国とケード連盟の抗争地になっており、満足な治世が望めないとのことだった。

 さらには、夜になると傭兵達が夜盗と化し、村々を荒らしまわっているとのことで、村人も畑を捨ててしまったとこことだった。



「むう、分かった。ありがとう。これは礼だ」


「ありがとうごぜえますだ」


 老人に銀貨を何枚か渡し、私の馬車はさらに北へと向かったのであった。

 道は更に険しくなり、山岳国ケードに相応しいものとなっていったのだった。

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