第35話……宰相カン
統一歴564年6月――。
オーウェン連合王国とガーランド商国は休戦。
双方、行政官を派遣しての講和の条件を突き合わせた。
王国側としては宰相カンを捕虜にしていたことが大きく、商国側に幾ばくかの譲歩をさせることに成功した。
王国は領土的には二つの村を割譲させるにとどめたが、冷凍魔法で保存されていた先王カールの御首を返還してもらうことになった。
更に弔問の使者を商国側からも出すことになった。
これは王国の王族たちにとっては、とても良い条件であったらしく、すぐに講和への道筋が開かれることとなった。
「偉大なる先王におかれましては……」
御首の返還に伴い、王国は正式に偉大な先王、カールの葬儀を執り行った。
大聖堂には文武百官が集い、儀式は厳かに盛大に行われた。
囚人たちには恩赦が、民衆には減税が施行された。
◇◇◇◇◇
「この服はきつくていかんな」
「そう? 似合ってらっしゃるわよ」
葬儀には私はイオと参加。
慣れない礼服に縛られ、私は王宮でのご馳走が美味しく食べられなかった。
そして儀式が終わり、控室にて寛いでいると。
「将軍殿、ご来客です」
「通してくれ」
なんと部屋に入ってきたのは、先日の文官殿であった。
名前を確かカンと言ったはずだ。
「この度は……」
形通りの弔問の挨拶を受けた後。
侍女に、人数分のお茶を持ってきてもらった。
「先日は失礼いたしました。……で、ご用は何ですかな?」
私は傭兵あがりで迂遠な策謀は苦手だ。
ここは率直に尋ねてみた。
「いやいや、そういった事は前日までに既にやっていましてな。今日は王国の英雄の顔を拝見しようと……」
「英雄? 私がですか?」
私は少し不機嫌になった。
将軍にはなったが、英雄なんて誰にも言われたことはないぞ。
「いやいや、陛下を二度もお救いになったことは、わが国でも評判ですぞ」
「あはは、そう言うことで、ね。お陰で将軍の末席に列させてもらいました」
「いやいや、領内の税収もとみに上げてらっしゃるとの事。いっそのこと我が国の大元帥にでもなりませぬか?」
……ぶっ。
私は盛大にお茶を噴いた。
この男、柔和な顔つきで凄いことを言うなぁ……。
大元帥とは、軍事の最高権を司る者。
こと戦場では王の代理とも言えた。
「あはは、御冗談を!」
「冗談ではございませぬぞ。我が国の評価はそういうことなので、いつでもお待ちしております」
「有難うございます」
言わば社交辞令というやつだろう。
こういうのは聞き流すのに限る。
「……で、将軍の奥方様はお奇麗でよろしいことですな」
彼は隣に座るイオを褒めた。
「あはは、お陰様で」
私は笑って応えた。
「失礼ですが、将軍は側室が何人いらっしゃるので?」
「いませんよ」
「……ほう、それなら我が姪などどうでしょう?」
「……え? いや、まぁ。いやいや」
敵国の宰相の姪など娶っては、王国にいることは出来なくなるではないか。
だがこの男、なんだか憎めないでいた。
商国の宰相であるのに、簡素な服装で、帯びたる剣もさほど高級なものではなかった。
「将軍はお酒が好きと聞いておりまして……」
「……ほう?」
ヤツが持ってきたのは、王国のシャンプールで作られた葡萄酒。
それも普通には流通してない特上の品だった。
ヤツは私の好物を、しかも敵国の品をどうやって調べたのだろう?
「いただきましょう!」
私は素直にカンのご厚意に甘えることにした。
それからはとりとめのない話をしただけだが、とても礼儀正しく良いやつに思えた。
ちなみにヤツは独身。
若いころから学問、仕事が忙しく、結婚したことがないという。
しかも、ヤツは奴隷出身だというのだ。
どれだけ頑張れば、大国の宰相まで上り詰められるのだろうか?
彼とは二時間歓談しただけだが、凄いやつだということだけが分かっただけだった。
「……では、また酒を酌み交わしたいものですな」
「喜んで! ああ、酒を貰うだけでは悪いな。この護身ナイフを差し上げましょう。よく切れまするぞ!」
私は領内で産出されるミスリル銀で試作されたナイフを彼に贈った。
我がリルバーン家の家紋の入ったナイフであったが、まぁいいだろう。
「有難く頂きまする。では!」
私とイオは、彼を気持ちよく見送ったのだった。
◇◇◇◇◇
「邪魔するよ!」
「あいよ」
私は王宮を後にし、いつもの安宿に居を移す。
そこの食堂で、イオと一緒に葡萄酒と食事を楽しんでいた。
王都シャンプールでは、減税の話で持ち切り。
お祭り騒ぎとなっていた。
よってこの食堂も大盛況。
大勢の力自慢の肉体労働者たちがラム酒を楽しんでいた。
「お前様、側室の件はどうしますの?」
「あはは。とりあえず、今はいいんじゃない?」
本来であれば伯爵たるもの、側室の2人や3人いてもおかしくはない。
それは好色という訳ではなく、いわば姻戚による政治行為だった。
だが、伯爵であるはずの私には、その手の話は無かった。
何故なら私が魔力素養のない、元平民出身者であるからだ。
貴族層は代々魔法素養のある者を伴侶とし、子々孫々その素質向上に努めていたのだ。
つまり私とは縁戚を持っても、得は無いと考えられていたのだろう。
たらふく食べた翌日。
朝起きたら、イオがビックリしていた。
「お前様、その眼!」
急かされるように鏡を見ると、自分の眼に紅い紋章が浮かんでいた。
それはまさに、魔法素養者の印であった。
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