第33話……中州争奪戦!【後編】

統一歴564年5月――。

 雨は依然と降り続いていた。


 クロック侯爵の部隊の砦建設は順調にすすむも、肝心の敵の姿は現れなかった。


「殿! このまま現れなかったらどうします?」


 スタロンが笑いながらにそういう。


「……いや、砦が出来たら、出来たでいいんじゃない?」


 私も笑うしかない。

 だが敵が、自領に前線基地を築くのをだまっているのだろうか?

 たぶんそれはないと私は思うのであった。


 雨は思った以上に降り続き、陣中はジメジメ感じであったのだ。



「ポコ~♪」


 ある日ポコリナが川に向かって騒いでいた。

 ……ん?

 川、待てよ?

 毎日雨が降り続いているのに、川の水位が増えているようには見えなかったのだ。


「これは危ないぞ! スタロン! 兵を高台に避難させろ! 私はオルコック将軍のところへ行ってくる」


「はっ!」




◇◇◇◇◇


 私は本隊を高台に避難するように進言すると、本隊指揮官のオルコック将軍の反応は早かった。

 速やかに本隊を高台へ移るよう指示した後、クロック将軍の部隊へも伝令を出した。


「……うん?」


 だが、私の気付きは遅かったようだ。

 川上から轟音が聞こえたと思った瞬間、凄まじい勢いで水が押し寄せ、クロック将軍の部隊のいる中州へと濁流が押し寄せた。


 砦は濁流にのみ込まれ、無残に全壊。

 中州地帯は水浸しになって、溺死する兵士も続出した。

 きっと敵は上流に堰を作り、一気に決壊させてきたと予想された。



 ……さらに、


「殿! 敵勢ですぞ!」


「何?」


 銅鑼と戦太鼓の音が響き渡る。

 西の方角からと川上の方角から、この機を待っていたとばかりに敵軍が押し寄せてきた。

 川上の方から押し寄せる敵軍は、ご丁寧に船まで用意していたのだ。


「ここは撤退を!」


 私はオルコック将軍に撤退を進言。


「ならん! クロック侯爵は王族ぞ! 見捨てるわけにはいかぬ! お救い致せ!」


「……では、我が部隊も!」


 私も戦場に加わろうと思ったら、オルコック将軍に止められてしまう。


「卿の部隊はこの高台にて、陛下をお守りするのだ!」


「はっ」


 信用があるのかないのか、私の部隊は女王様を守るために留守番となったのだった。




◇◇◇◇◇


 30分後――。

 中州地帯を中心に、両軍は激突した。

 兵の数からすればこちらの方が多いが、まず鉄砲水の被害を受けていたクロック侯爵の部隊が早々に蹴散らされた。


「押し太鼓を連打せよ! 突撃だ!」


 味方の劣勢を挽回すべく、オルコック将軍は全軍に突撃を指示。

 激しい戦いが始まった。

 兵たちの咆哮は天を突き、飛び交う多数の雨で空は暗くなる。



「なんだあれは!?」


 敵が戦線に投入してきたのは500余りの象兵。

 大きな象の背中に櫓を設け、兵が数人乗るといった手合いの兵器であった。


「あんな化け物見たことないぞ!」

「逃げろ!」


 王国領に象はおらず、象を知らない兵士は多かった。

 この象兵の出現に、士気の低い傭兵達が武器を捨てて逃げ始めた。


「逃げるな! 戦え!」


 指揮官が鼓舞するも、この弱気の風は王国軍全体に及んでしまう。

 何しろここ数年、王国は商国に負けてばかりなのだ。



「ラード将軍がお討ち死に!」


 悪いことは続く様で、右翼の騎兵部隊を率いていたラード将軍が、敵の弩隊の狙撃に遭い、命を落としてしまう。

 これにて、王国軍右翼が崩れてしまった。


「……い、いかん、予備部隊を右翼に回せ!」


「はっ」


 オルコック将軍は、虎の子の新鋭隊を右翼の加勢へと向かわせた。

 これにより、王国軍は戦略予備を失った。

 これを見計らったように、敵は中央めがけて押し寄せてきた。



「そろそろ引き時ですぞ!」


 中央部隊所属のスコット男爵が、全軍撤退をオルコック将軍に進言。


「まだ駄目だ、クロック侯爵の安否が分かっておらぬ!」


「……し、しかし。お味方の劣勢は鮮明。ここで退かねば総崩れになりましょうぞ!」


 クロック侯爵が討ち死に、もしくは捕まったような気配はない。

 それが、王国軍の撤退の時期を遅らせていたのは確かであった。



「ワシも前に出る! つづけ!」


 味方が振るわぬ姿を見て、オルコック将軍は痺れを切らし、自ら前線へと馬を向けたのであった。

 ここに文字通りの総力戦が展開されていった。




◇◇◇◇◇


 丁度、その時分。

 私は女王陛下と、高台にて戦況を眺めていた。


「お味方ご劣勢、陛下におかれましては退却のご準備を!」

「左様、馬車は用意いたしましたぞ!」


 護衛達が女王陛下に逃げる様に進言。

 だがシャーロットは首を縦に振らなかった。


「ならぬ! 余が退いては、今戦っている将兵に申し訳が立たぬわ!」


「……し、しかし」


「リルバーン卿、もう兵の予備は無いのか?」


「はっ、我が部隊より千五百を抽出、左翼部隊へのご助勢に回しました。もう動かせるような数の兵はおりませぬ」


 私はそう答えた。

 確かにモルトケに千五百の兵を任せて左翼に回したのは事実であったが、残り五百は女王陛下の護衛の為に温存していたのは内緒だった。



「馬をひけ! 余も出陣するぞ!」


 ……え!?

 なんですって。


「御戯れを! どうかおやめください!」


 馬に乗ろうとする女王陛下を、護衛の者が必死に止める。


「わからぬか! 我等は一体ガーランド商国に何度負ければ良いのじゃ? 其方らも王国の騎士ならば付いてまいれ!」


 女王陛下は護衛の者を振り払い、ついには馬に乗って高台を駆け降りていった。



「馬鹿もん! 護衛は何をしておる!」


 侍従の老人が怒鳴り、慌てて陛下の護衛である姫騎士25騎がつづいた。



「我等も行くぞ!」


「応!」


 私も慌てて皆を連れて、女王陛下につづいたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る