第30話……師匠との死闘

「かかってこい、小僧!」


「はい!」


 師匠との昔の思い出が交錯。

 懐かしい感情が浮かぶ。


 踏み込んでの一撃。

 それを師匠の剣が受け流す。

 そこからの師匠の反撃を、私の剣が受け止める。


 師匠と互角に切り結ぶと、客席から歓声が上がった。


 ……不思議な感覚だ。

 過去今まで見えてこなかった師匠の太刀筋がはっきりと見える。


 いまだ!――

 師匠の剣をはねのけ、私の剣が師匠のわき腹を薄く捉えた。



「……ぬ、小僧。やるようになったではないか!」


「……」


 私の剣が巧くなったのか?

 いや、それもあるかもしれないが、きっと師匠が老いたのだ。

 以前の師匠の剣は、周囲の空気が唸るような恐ろしい剣戟だったのだ。


「くっ!」


 休む暇を与えず剣を幾度も振り込こみ、師匠をじわじわと疲労と失血に追いやる。

 それに従い、師匠の剣は段々と鈍っていったのだった。



「小僧、よくぞ魔法なしでその域に達した。一端の剣客になってくれて嬉しいぞ。だが、所詮はそのレベルまで、惜しいな」


 師匠の両目は赤く光る。

 それは生来、所謂魔法の力を授かっている証だった。

 そして、師匠が謎の詠唱を始めると、師匠の体は2つになった。


「いくぞ! 小僧!」


 一人目の師匠の一撃を剣で受け流すも、ほぼ同時に二人目の剣が迫りくる。

 とっさに後ろに避けるが、素早い剣戟が頬を掠った。

 それを一瞬気にした瞬間、再び一人目が切りかかって来る。


「……くっ」


 私は二人がかりの攻撃を、後ろにさがりながらに避けるのが精一杯だった。

 二人になった師匠は、じりじりと私を追い詰めて来る。


 私が追い詰められるのを見て、観客が一層盛り上がった。

 そして、左側の師匠の放った下段の剣戟をかわした時、私は不覚にも転んでしまった。



「ん?」


 右側の師匠の剣に斬られたはずなのに痛くない。

 私は訳の分からぬまま飛び起き、右側へと飛び退いた。


「……ふふ、見破られたか。その通り。二人に見える我が姿の片方は完全な幻。だが、魔法が使えぬお主には分かるまい!」


 カラクリは分かったが、二人の師匠の内、どちらが本物かが分からない以上、その両方の攻撃に対応せねばならなかった。

 私は右に左に師匠の攻撃を受け、狼狽し、そして血まみれになっていった。


 焦りたくなるのをぐっと抑え、慎重にならねば、と、心に繰り返し念じる。

 慎重になれらねば、いつ死んでもおかしくなかったのだ。

 その時、観客席に違和感があり、そこの眼を向ける。


 ……ん?

 遠くにポコリナの姿が見えた。

 彼女が左手を挙げている。


「左か!?」


 キン――。

 私の剣が師匠の剣を受け止め、甲高い音が響く。


 カキーン――。

 次は左、右、左、左と連続で実体の方の師匠の剣を受け止めた。



「……ん? なぜに判る? お主には魔法の力がないはず!」


 ……しめた!

 これなら勝てる。


 私は剣を振り上げ、狼狽している師匠を攻め立てた。

 これ以上訳の分からない手を食うわけにはいかない。


 私は素早く足払いを決め、師匠を投げ飛ばし。その喉元に剣を添えた。



「そこまで! 勝者シンカー!」


 わぁっ、と歓声があがり、私は安堵のあまりに膝をついた。

 とても勝ち名乗りをあげるほどの気力がない。


「さぁ立て、お前の勝ちだ! 勝ち名乗りは勝者の義務だぞ!」


「……は、はい」


 私は師匠に促され、観客席に向かって拳を突き上げた。


「あいつ、王宮師範にかったぞ!」

「すげぇぞ、アイツ!」


 意外ともいえる勝者に驚いているだろうが、観客は温かく私を迎えたのであった。



授賞式――。

「シンカー殿! 貴公は第一回闘技大会において……」


 多分、一度は見たことがあるであろう王族に、勝ちを讃えられ優勝商品を受け取った。

 師匠に切りまくられ、血のにじんだ包帯でぐるぐる巻きでの表彰式であった。


「有難うございます!」


「いいぞ!」

「やったな!」


 私は観客に手を振り、応援に感謝しながら表彰台を後にしたのであった。




◇◇◇◇◇


 その日の晩――。

 私は宿に帰って、頼んだ食べものにむしゃぶりついた。

 沢山出血したので、とにかくお腹が空いていたのだ。

 葡萄酒も飲みに飲んでフラフラになった。


「ポコ~♪」

「ねぇねぇ、商品はなんでしたの?」


 イオに商品を見せて欲しいとねだられ、もらった箱を開けてみた。

 中からでてきたのは、金色の小さな壺だった。

 その横に羊皮紙が……。


「何々? 魔法を使えるようになる薬だって? そんなのあるわけないだろ! ……ぐびっ!」


 私は酔いに任せて、その薬を一気に飲んでしまった。


「ポコ~♪」

「あらあら、全部飲んでしまったのですか?」


 イオに飽きれた顔で見られたところで、私は意識を飛ばしてしまったのだった。




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 私達はレーベの館に戻ることにした。

 作りかけの城の状態も気になるところである。

 出発の頃合い、師匠がやってきた。


「おう、小僧!」


「あ、お師匠様! この度は……」


「挨拶はいらんよ。で、あの薬はどうした?」


「えーっと、全部飲んでしまいました」


 横でうふふと笑うイオとポコリナ。


「なんと! もったいないことを。あれは王宮の秘蔵の品であったらしいぞ! それではお前は大魔法使いになるかもしれんな! あはは!」


「本当ですか? 私が大魔法使いですか? それは面白い話ですね!」


 久々にお互いそんな笑い話に興じてしまい、王都シャンプールを出たのは昼過ぎになってからであった。

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