第29話……闘技場での再会

 お昼くらいになって、目的の闘技場に行ってみる。

 闘技場の周りは人が多く、活気が伝わってきた。


「出場の方ですか? ……でしたら、こちらにお名前をご記入ください」


 受付で手続きを済ます。


「選手の方の控室はあちらになります」


 どうやらスタロンは今回の試合には参加しないようだ。

 まぁ、味方同士でやるのも嫌だしね。


「ポコ~♪」

「頑張ってね!」


 イオとポコリナに手を振り、選手控室に向かった。




◇◇◇◇◇

 

 選手の控室は、いかにも腕自慢な感じの男たちの巣窟だった。

 男臭い体臭や汗の匂いが充満していた・


 この闘技会は、武器や鎧は各々のモノを使ってよいとされた。

 弓やボウガンなどの飛び道具は禁止であることなどを、係員に丁寧に説明を受けた。



「第一回戦! エントリーナンバー69 シンカー選手!」


 私の登録名は貴族であることを伏せ、ファーストネームのみの登録にしていた。

 闘技場の中央に進み出ると、周りは円状に観客席が設けられており、そこには熱狂的な観客がぎっしりだった。


 既に闘技場にいた肝心の相手は、巨大なハンマーを振り回す大男……?

 ……かと思ったが、よく見ると、山に住むと言われるオークという豚に似た魔物であった。


「第一試合、開始!」


 毛皮を纏った魔物が、咆え声をあげ、勢いよく走って来る。

 背は3mをゆうに超え、400kgはありそうな巨体が突っ込んできたのだ。


 私は素早く右へと跳びのく。

 魔物は振り返り、巨大なハンマーを振り下ろしてきた。

 私はそれを今度は左に跳んでかわし、魔物をイライラとさせた。



「……ゼィゼィ」


 相手の攻撃を何度もかわし続けていると、魔物は息が上がってきた。

 今回、私が着てきた鎧は、軽くて丈夫な竜の鱗の鎧。

 このアドバンテージは大きかった。


 次第に疲れが見えた魔物の後ろへ素早く回り込み、足の腱をロングソードで切り裂く。

 丈夫な太い筋が切れ、ドバっと鮮血が迸った。

 巨体を支えきれなくなった魔物の体は、大きな音を立てて崩れ落ちた。



「勝者、シンカー!」


 観客が大いに沸く。

 私はそれに拳を掲げて応えた。

 熱狂的な空気に包まれ、魔物の体液だらけの私は、荒くれ者が待つ控室へと戻ったのだった。



「あんたやるなぁ」


「……ん?」


 控室にて、隻眼で色黒、筋肉隆々の男が話しかけて来る。

 所作や目つきからして、他の参加者にはない強者特有のオーラが溢れていた。


「いやあ、あの魔物。今日だけで挑戦者を三人殺している。アンタはよくやったと思うぞ」


「ああ、有難う」


 どうやら悪いやつでは無さそうだ。

 私は男が勧めてくれた葡萄酒をあおった。


 この控室の血と汗の匂い、そして殺伐とした香り。

 私は、暫く忘れていた傭兵の頃の熱い滾りが、再び蘇ってくるのを感じたのだった。




◇◇◇◇◇


「第二回戦!」


 私は闘技場の中央で、剣を空高く掲げ、沸き立つ観衆の声に応えた。


 次の相手は、巨大なオオトカゲだった。

 黄色の鋭い眼。

 大きく裂けた口に鋭い牙。

 その巨大な口の中からは、長さが2mを超えそうな長い舌が、ボトボトと粘液を垂らしている。


 その残忍な姿、本で読んだことがある。

 ……たしか、バジリスクっていう魔物だっけ?



「試合開始!」


 魔物の舌が、獲物を捕まえようと私の体に巻き付く。

 私の体は愛剣と共に、舌に絡めとられた。


 この事態、ただの鉄の剣だったら厳しかったかもしれない。

 だが、私の剣は新調のミスリル銀製の業物。

 仄かに魔力を纏った鋭い切っ先が、魔物の舌を易々と切り裂いた。


「ギエェェェエエ!」


 耳を劈く気持ち悪い叫び声。

 私は、怯む化け物に素早く飛び掛かり、その脳天に愛剣を突き立てた。

 剣は堅い鱗を突き破り、魔物の脳髄を破壊、脳漿が飛び散った。



「ギョオオオオオ!」


 再びの絶叫の後。

 魔物は大きく、そして鈍い音を立てて、地面に倒れ込んだ。



「勝者、シンカー!」


「おおお!」


 強大なトカゲが倒れ込むとともに、観客からは割れんばかりの拍手が起こる。

 私は右手の拳を突き上げ、観客に応えたのであった。



 麻布で汗をぬぐい、控室に戻ると、隻眼で色黒の男が重傷を負って倒れていた。


「どうした?」


 ここは闘技場の選手控室。

 ケガ人が多いのは当たり前でもあったのだが、見渡すと私以外の全てがケガ人であった。


「次の試合は棄権しろ。お前が如何に強くても……。無理だ。ヤツは正真正銘の化け物だ」


 そう言うと、男は白目をむいて気絶した。

 私は急いで係員を呼ぶ。


 ……この男。

 かなりの手練れだと思っていたが、こうも手ひどくやられるとは……。

 次の相手とは一体。


 私も妻帯の身の上。

 次の試合は大事をとって欠場すべきか?


 否、一対一で退くわけにはいかぬ。

 私は理由のつかぬ動機で心を奮い立たせた。


 私は景気付けに葡萄酒を煽り、次の試合に備えたのだった。




◇◇◇◇◇


「さて、次で最後の挑戦者となりました! エントリーナンバー69番! シンカー選手」


 私の名前が呼ばれ歓声が沸き起こる。


 ……てか、最後ってなんだよ?

 他のみんなは全員、次の相手破れたという訳か?



「さぁ、最後の対戦相手はシュナイダー殿。オーウエン連合王国の剣術指南役でございます」


 私の時よりも歓声が大きい。

 嫌な予感がする。


 対戦相手として細身の老人が入場してきた。

 その名前に聞き覚えは無いが、その皺の多い顔には見覚えがあった。



「……お、御師匠殿!?」


 私の口から思わず言葉が出る。


「……ん? どこかで見た顔かと思ったら、泣き虫坊やのシンカーか。大きくなったものだな」


 私は孤児院で生まれ育った。

 その時分、お金のない子供たちに無報酬で剣術を教えてくれたのが、このシュナイダーという老人であったのだ。


 そして私は、大きくなっても小銭を稼いでは、この老人に師事をした。

 私が傭兵家業ができたのも、この老人の教えのお陰だったのだ……。

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