第25話……オヴの遺言

 オヴからの血まみれの手紙。

 その羊皮紙にはこのように書かれていた。



 親愛なるシンカー殿へ


 我々ケード連盟は、北部勢力との戦争で疲れてきっていた。

 そんなところへ、東部の同盟国であるフレッチャー共和国が突如攻めてきた。

 村々は焼かれ、我々も不意打ちに為すべきところを知らず敗れた。


 この恨み、どうか晴らして欲しい。

 我がジフの地は、我の亡き後、シンカー殿のものすることを遺言する。


 我が親衛隊も君に忠誠を誓うように申し渡した。

 あと、娘、ナタラージャのことも頼む。


 付き合いが短くても、お主のことは……



 ……ここで、文字は途切れていた。


「スタロン! 北部の情勢はどうなっている!?」


「はっ! 北部の情勢は未だに良くつかめておりませぬ」


「斥候を増やせ! 情勢を知るのだ!」


「はっ!」


 戦術の練達者オヴが、こんなに簡単に死ぬとは思わなかった。

 これにより、ケード連盟と同盟していたオーウェン連合王国は、自動的にフレッチャー共和国に宣戦布告することとなった。



「くそっ!」


 オヴの領地は我が領の北部にあった。

 それゆえに、安心して西方も南方にも行けたのだ。

 それが、出来なくなったのは私だけでなく、リルバーン家としても痛い事態であった。


◇◇◇◇◇


 その日の夕方――。

 続々と、オヴの領地からの敗残兵が、我が領地に逃げ延びてきた。

 多分、オヴが生前に「万が一のことがあれば南方に逃げよ」とでも言っていたに違いない。


「おい、移民担当の行政官を連れてこい」


「はっ!」


 我がリルバーン家は、新規開拓によって、幸運にも移民を受け入れる余力があった。

 また、常備軍枠にも空きがあったため、元オヴ家中の古参兵を厚くもてなすことが出来た。

 特に、ドラゴンナイトこと、ドラゴネットに騎乗した竜騎士を、50騎余りも傘下にできたのは大きかった。


「とりあえず、これにて暮らし向きを整えてくれ!」


「有難き幸せ! 伯爵様に忠誠をお誓い申し上げます……」


 移民たちに手渡したのは、自領北部の金山から産出し、精錬された金だった。

 これで家を建て、当面の食料を買ってもらう算段をしてもらうことにしたのだった。


 また、同時産出したミスリル銀も、武具などの生産へと供与中だ。

 これはまだ加工方法が難しく、頓挫しているのであるが……。




◇◇◇◇◇


 統一歴564年2月――。

 レーベの行政府にて。


「アーデルハイト! スタロン! 私はすぐにオヴの敵を打つべきだと思う!」


 私は家宰と軍の実務担当者に提言してみた。


「恐れながら、我等の独力ではフレッチャー共和国と勝負になりませぬ」


「左様、王宮の外交方針も聞いてみねば……、まずは殿自ら王宮に赴いてみては如何でしょう?」


 アーデルハイトもスタロンも、すぐの北方進軍には反対した。

 さらに、


「オヴ殿は以前、我等の領地に攻め入ったのですぞ! そんな奴等の肩入れをすることはありますまい! むしろ共和国と和を講じるべきかと……」


 なんとモルトケ以外の旧臣からは、フレッチャー共和国との和議を望む声さえあった。

 しかし丁度、レーベに戻ってきていたアリアス老人が耳打ちしてきた。


「旧臣たちは我らが兵の半数を占めます。ここは出兵論を取り下げるべきかと……」


 今は、やむを得ないといったところか……。

 確かに、オヴが長年にわたって我等と友好を築いたわけでもなかった。


 頭を冷やしてみると、生き残りを最優先にするのが鉄則な今の時代の真理。

 むしろ、旧臣たちの出方は妥当だとも言えた



「……うむ。私は王宮にて方針を聞いてくる。またそれとは別に、北部への警戒を厳にせよ!」


「ははっ!」


 こうして会議は閉会。

 各位、各々の部署や領地へと戻った。



 その後。

 私は負傷した女騎士こと、オヴの娘のナタラージャの見舞いに行った。


「……左様ですか」


 すぐにはオヴの敵討ちを出来ぬことを告げると、彼女は寂しそうであった。


「今は、怪我を治せ。そのうち機会は訪れるであろう」


 そう言う、私の言葉も元気がなかったのだった……。




◇◇◇◇◇


 私はポコリナだけを連れ、シャンプールの地へと急いだ。

 コメットを急かさせ、わずか半日での強行軍であった。


 まずは王国の宰相、フィッシャー宮中伯を尋ねた。



「……おおう、伯爵。元気かな?」


「お陰様で……」


「なにか、用件があるような顔じゃのう……、何用で参られた?」


「フレッチャー共和国のケード連盟への侵攻に関して、宰相はどう思われますか?」


 宮中伯は私に席を勧め、侍女にお茶を持ってこさせる。



「その件はな、王宮としては眼をつぶりたいところじゃ。そなたもクロック侯爵を知っておろう? 侯爵の正妻はフレッチャー共和国の重鎮の娘じゃ」


「それゆえ、ケード連盟への侵略を認めると?」


「そうとも言わぬが、我らはガーランド商国への復讐戦もろくに出来てはおらぬのだぞ! それなのに卿は、敵を増やすことが女王陛下の御為になるとでもいうのか!?」


 宰相にしては珍しく大声で声を発した。

 彼にしても悩みは多く、きっと思うところがあるのだろう。


 良識派と言われる宰相を説得できぬ以上、居並ぶ他の重臣たちを説得できるわけがない。

 私は気を落として、レーベの地へと戻ったのであった。



 統一歴564年3月――。

 オーウェン連合王国とフレッチャー共和国は、先月の宣戦から一転。

 行政官同士の協議の末、和議の調印となったのだった。

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