第26話……アマツという港町

 私は悶々としてレーベに帰ったが、明るい顔で出迎えたのは、たしかホップという名の商人だった。


「ご領主様! お陰様で毛皮の商い上手くいきそうです!」


「それは良かったな」


 私はそっけなくそう言った。


「お陰様で、アマツの港町に高値で売れそうです!」


 ブッ――。

 私は口に含んだお茶を噴きだしそうになった。

 アマツの港町とは、宿敵ガーランド商国の主要都市だったのだ。



「そんなところと商売をするのか?」


「もちろんです! 我等商人にとって国境はないのです。そんなことはご領主様にとっても常識なのでは?」


「うーむ」


 ホップの言うことは正しいのだが、なんか納得できない。

 これは私の旧態然とする考え方が悪いのだ、とは思うのだが……。



「そうだ! ご領主様、提案があります!」


「なんだ?」


「一度、アマツを訪れてみませんか? もちろん変装したりして……。勉強になるかもしれませんよ」


 ……うーん。

 言われて見たらいいかも知れない。

 敵情を偵察するのは、とても重要なことだったのだ。



「よし、行ってみようか! 悪いが、手はずをたのむぞ!」


「はっ」


 私は北方の備えにスタロン。

 留守居総責任者をアーデルハイトに任じ、私は敵中へと潜入することにしたのだった。




◇◇◇◇◇


「ポコ~♪」

「いきましょう!」


「イオ、本当に行くの?」


 ポコリナが行きたがるのはわかったが、イオまで行きたがるとは思わなかった。

 変装役柄としては、私は海鮮問屋の若旦那といった設定であった。

 商船はホップの船で行くこととし、商い用の塩ダラはラガーに頼み、樽に入れたものを大量に用意してもらったのであった。



「出航用意!」


 船はロボスの船より一回り小さかったが、3隻ほどの編成だった。

 エウロパの港から西へと向かい、途中の小さな港で飲み水を補給。

 ソーク地方の沖に達した頃、北西へと航路をとった。


 そして、アマツの港に達するころ。

 ガーランド商国の軍船、といっても小舟が漕ぎ寄せてきた。

 篝火がたかれ、海面も明るく照らされる。



「そこの船、止まれ! 勘合札を見せろ!」


「はい、今すぐ!」


 ホップが大慌てで、貿易許可証を持ってくる。

 相手の役人は、許可証を検めると、通行を許可してくれた。


「意外と厳しいのだな」


「そりゃそうでしょう? 商国にとって命綱である海運をまもる制海権ほど大切なものはありますまい」


「そうか……」


 ガーランド商国は陸戦におよんでも、軍の移動や補給に船を使っていた。

 馬車に比べ船は何倍も早く、何十倍もの物資を容易に運べたのだ。

 きっと、我等も海運をもっと重視し、もっと運用すべきだと思われた。



「そこの船、止まれ!」


 この面倒くさい海上検問は、3度にもわたり行われ、警戒の厳重さを思い知ったのであった。

 私も身バレが怖く、背筋が寒くなる思いをしたのであった。




◇◇◇◇◇


「おーい! 今回の荷はなんだ?」


「毛皮だ! 品質は良いぞ」


 船が着くや否や、買い付けのための商人が集まって来る。

 ホップはアマツで売る店はまだ設けてはいないらしい。

 つまりは、現地の商人に卸すまでが商売だったのだ。



「若旦那、降りましょう!」


 そうだ、私は今回、若旦那という役割であった。


「うん? ああ、そうしよう!」


 怪しまれないために用意した塩ダラも、あっという間に売れた。

 帰りの仕入れが楽しみだというほどには、革袋に金貨が溢れたのだった。



「ここの宿をとっています」


「……ああ、ありがとう」


 港に着いた私たちは、ホップの馴染みの宿の二階に到着、一息ついた。

 今回、船旅が長く、陸についても波に揺られている感覚がある。


「ぽこ~♪」


 ポコリナが窓の外を見て騒いでいる。

 なんだろうと思って外を見ると、偉い人が行列を為している様だった。

 民衆が歓呼で迎え、とても人気があることが分かった。



「あれは誰だろう?」


 私は先頭の騎乗の人はだれかとホップに聞いてみた。


「あれがガーランド商国の君主、アドルフ様ですよ!」


「……へぇ」


 私は護衛に怪しまれない様に、窓を急いで閉めた。

 ポコリナが少し残念な様子だ。


「アドルフさまは先見のある方で、商売にかかる税を安くしたりと、民に好かれているのですよ! それに大型船が入れるようにと、新たな埠頭工事を行ってくれたりと、名君と噂されるお方なのです!」


「ふむう」


 もはやホップは、どこの住民なのだかわからないくらいに、アドルフ王を絶賛していた。




◇◇◇◇◇


「……では、いってくる!」


「いってらっしゃい」

「ぽこ~♪」


 私はホップと別れ、行商人に化け、馬を借りて商国領内を見て廻った。

 危険が伴うので、イオにはポコリナと一緒に宿で留守番をしてもらう。


 思わぬことに、商国内部にはほとんど関所が無く、自由に往来できることだった。

 行商人から話を聞くに、王が領内での関所を廃止したのだそう。

 これにより、物流が滞ることなく、商売がしやすいとのことだった。



「……以前と変わったな」


 私が以前、ここに来た頃はそんな国では無かった。

 何処とも変わりのない国で、港を作るのに適した地形があるから船の往来が多く、商国と呼ばれていたにすぎなかったのだ。

 だがいまや、名前に偽りのない商売に適した国となっているのだ。


 商国と侮るなかれ、少ないと言われるイシュタール小麦の取れ高だけでも、60万ディナールをゆうに超える。

 他の作物や、莫大な商港の利益を併せて考えると、恐るべき財力がこの国にあったのだ。

 我が国が、なかなか勝てないのも道理であった。

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