第11話……ロア平原の戦い【前編】

「弓隊ぃ~前へ!」


 伝令の騎馬が陣中を走り回り、砂塵が舞う。


 此方は横陣。

 通常は歩兵を中心とし、両翼に騎馬を配置するのが定番である。

 だが、こちらの騎馬は僅か50騎。

 よって、予備隊として後方に配置していた。



「敵襲来! 敵襲来!」


 敵は此方の半分の数だった。

 しかし、こちらの兵士は急造で、装備もばらばらで、農具を片手に参加している者もいたのだった。


「殿! あとは我等にお任せあれ!」


「おう、任せた!」


 私は全軍の指揮をモルトケに任せ、戦場を見渡せるとある高台へ馬を飛ばした。



「キムはどこだ?」


 私はここにキムに200名の工兵を担当させていた。


「御領主様! こちらです!」


 木々がうっそうと茂る中、キムが私に手招きをする。


「どれだけ出来ている?」


「はい。昨晩からの突貫作業で、ほぼ完了しております!」


 キムは私に地図を見せながらに説明してくれた。

 その地図は、この高台のあちらこちらに、木でできた柵を巡らせることを現していた。

 しかも、柵は木々に隠れ、麓から見えることはない。



「殿! 始まりましたぞ!」


「おう!」


 私は火ぶたが切られた戦場へと目をやる。

 敵は単純にドラゴンナイトが突っ込んでくるとおもったが、大盾を持った歩兵が列をなし、ゆっくりと確実に我が軍に迫ってきた。


「弓ぃ~、放て!」


 此方が放つ無数の矢が、鈍い音を立て、空を真っ黒に染める。


 だが、大方の矢が敵方の大盾に阻まれた。

 しかし弓兵は怯まず、次々に矢を打ち込んだ。


「弓隊さがれ! 槍隊前へ!」


 彼我の距離縮まり、弓隊が左右に分かれて退き、後ろから長い槍を構えた歩兵が現れる。

 騎兵には長槍が有効。

 敵のドラゴンナイトの突撃を想定したモルトケは、確かに堅実な用兵を行った。



「……うん?」


 だが、敵は大盾歩兵をそのまま前面に展開させ続け、いつまでたってもドラゴンナイトを正面戦線に投入してこなかった。

 私は高台にいるので、敵の陣容が分かりやすい。

 敵のドラゴンナイトの一群は、此方の前衛を時計回りに迂回し、我が方の右翼の側面を奇襲してきた。

 黒い砂塵を巻き上げ、龍乗りこなす屈強な騎士達が、長身のランスを掲げて突っ込んでくる。


「敵だ! 龍族が突っ込んでくるぞ!」

「逃げろ!」


「……ちっ! バレたか!」


 味方の右翼には、にわか雇いの農兵の率が高いのだ。

 希少なベテランの傭兵は、中央の本隊に集中させていたのだ。

 敵軍の鋭利な矛は、我が軍の脆弱な側面を襲う。

 農兵たちは、見たことがないドラゴンナイトの狂暴な姿に狂乱、うき足立った。


「さがるな! 立ち止まって戦え!」


 農兵たちを指揮するのはリルバーン家の旧臣たち。

 私は、今回の戦いの大まかな部分を旧臣たちに任せていたのだ。

 つい先日まで一兵卒のスタロンなどを、部隊の指揮官にするのは、旧臣たちにはすんなり受け入れないであろうと思われたからだ。



「さがるなと言っているだろうが! ぐふぅ……」


 農兵たちは逃げ散り、右翼で指揮を執っていた部隊長たちが、次々に打ち取られる。


「右翼へ予備の騎兵を回せ!」


「はっ!」


 ここでモルトケは、右翼への援軍に虎の子の騎兵50騎を回すように命令。

 馬蹄が響き、敵の迂回部隊の左翼を襲う。


 だが敵の指揮官の用兵は巧く、こちらの騎馬部隊の突撃の衝撃を吸収、そして跳ね返した。



「一気に押しつぶせ!」

「おおぅ!」


 敵の迂回部隊の攻撃は、我が方の右翼を完全に撃破。

 更に進撃、その矛を我が方の本隊へと向けた。


「掛かれ!」

「全軍突撃!」


 ここへきて、正面戦線のの敵部隊が攻勢に出てきた。

 我が方は、二方面の攻撃にさらされたのだ。



「退け! 退け!」

「高台まで退却!」


 この攻勢に堪らず、モルトケは退却を指示。

 万が一の時は、この高台まで退く様に命令していたのだ。


「モルトケ殿も早くお逃げなされい!」


 戦友にそう諭されるが、彼が選んだのは、味方を逃がすためのしんがりの役目だった。


「わしの指揮が至らずに負けたのだ。わしがにげるわけにはいかぬ! おぬしらは殿がおられる丘まで駆けるのだ!」


「しかし……、いや。わかった」


 予め旧臣たちに高台のことを告げていたために、退却は思いのほかスムーズにいった。

 その理由の一端として、敵方の高速部隊であるドラゴンナイトたちは、逃げ散る歩兵を無視し、未だ戦場にいた騎兵を追い回した。



「まてぃ! 名のある者が逃げるのか?」


「なんだと? 言わせておけば!!」


 数に劣る我が方の騎兵は、敵方の挑発に乗ってしまい、次々に交戦。

 馬から落とされ、次々に捕虜となってしまった。


 打ち取らず生け捕りにするには訳がある。

 馬に乗れるような騎士は、一般の兵士とは違い、高い身代金が期待できたのだ。

 戦争を産業化している、とも言われるケード連盟らしいやり口であった。



「収容は出来たか?」


「はっ! お味方は概ね柵内に収容できました!」


 怪我をしている者は多いが、意外にも死者は少ないようであった。

 農兵の死傷者が多いと、領内の農業に支障が出る。

 彼らは戦の素人でもあっても、畑においては貴重な熟練者であったのだ。



「ポコ! ポコ!」


「……ん!?」


 ポコリナが騒ぐ方向を見てみると、しんがりとして戦場に残ったモルトケが敵に囲まれていた。

 モルトケの馬は逃げ去り、彼の鎧には数本の矢が刺さり、血がにじんでいる。


「しんがりの勇者よ! 降伏せよ!」


 モルトケは敵将から降伏勧告を受けた。


「だまれ! わしは降らぬ! ……おぬしが敵将と見た。一騎打ちを挑まん!」


 手負いのモルトケは、敵将に一騎打ちを持ち掛けた。


「よかろう! 我が名はオヴ! かかってきませい!」

 オヴと名乗る敵将はドラゴネットより降り、二人は徒歩で渡り合うこととなった……。

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