第10話……塩・魚・小麦。
「ご領主様!」
「誰もいないときは、シンカーでいいって言ってるだろ?」
私は用事の報告をしてきたスタロンにそうこたえる。
「いやぁ、給金もらっているだけに、そうは言いにくくてな。あはは……」
「……で、どうなっている?」
スタロンには塩を作る事業を任せていた。
海から塩。
つまり塩田などを作っていたのだ。
塩田で濃くなった塩水を鉄釜に入れて煮る。
そんな原始的な手法で作った塩だが、それを貴族様が食べるわけでもなく、魚を漬ける塩なので、これで十分な品質であった。
「塩は出来たら、すぐにラガーの作業所へまわしてくれ!」
「あいよ!」
「ポコ~♪」
スタロンとポコリナが、元気にエウロパの政庁を飛び出す。
その数日後。
今度はラガーがやってきた。
「ご領主様! ニシンの塩漬け、樽に詰めていつでも出荷できますぜ!」
「そうか! よくやってくれた! だがなぁ、どうやって運んだものか?」
これを王都のシャンプールに送ればいい金になるはず。
だが、エウロパ周辺の道路は悪く、未だに未改修のままであった。
「ご領主様、船を使っては如何でしょう?」
「そ、そうか!」
……海はとてつもなく広い。
それが理由なのか、大きな船を持つものは独立心が強く、海の衆と呼ばれ、ときには海賊行為も平気で行った。
そんな彼らは、陸に居を持つ貴族には従うことが少なかったのだ。
……だが、今の私は船大工の棟梁のウィリアムと仲良くなっている。
きっと、商談をもっていって悪い顔をされることはないはずだ。
早速、私はウィリアムを呼び寄せ、海の衆への提案を行うこととなった。
彼は昼過ぎには政庁に訪れた。
「もちろん、承りますよ! ……幾ばくか、御礼はいただきますが」
「わかった。細かいことは後で詰めよう!」
私は酒と料理をもってくるように侍女に指示。
少し早いが、晩御飯としたのだった。
「ポコ~♪」
「この肉は美味しいですな!」
「そうでしょう、先日に買い付けた羊肉です。お口にあってよかった」
私はウィリアムを接待。
ご機嫌のまま帰ってもらうことに成功した。
後日――。
ウィリアムは私に、知人の海の衆を紹介してくれた。
少し高めの運送費で締結したが、彼等は私と友好的な関係でありつづけることに合意してくれたのだった。
この締結で、私はニシンの塩漬けの貿易で、莫大な利益を望めるようになったのだった。
更に他方、キムの主導する旧領の灌漑政策も進展。
領内の取れ高が6万ディナールを見込めることとなった。
これは子爵家としては異例の規模で、リルバーン家の収益力は大いに好転したのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴563年3月――。
雪が解け、陽が温かくなった頃。
「ご注進! ご注進!」
リルバーン家本領にいるアーデルハイトのもとから、早馬が訪れた。
伝令が私の執務室に転がり込んでくる。
さらには、騒ぎを聞きつけ、スタロン達もやってきた。
「どうした?」
「はっ! 北方の豪族の兵が、わが領土との北の国境を越えてきました。その数三千!」
「北か? ケード連盟か!?」
スタロンが声を荒げる。
このケード連盟とは、オーウェン連合王国の領土の北方に位置する国家であり、国王の名はドン。しかし、その実情は独立志向の強い中小の豪族の連合体であった。
だが、その軍事の強さは絶大で、特に小型の地上型龍族であるドラゴネットを飼いならしたドラゴンナイトは、広く周辺国に恐れられていた。
「確か、我がオーウェンとケードは、同盟を結んでいませんでしたか?」
落ち着いた声で応じるのはキム。
彼は灌漑事業が落ち着いて、エウロパに来ていたのだった。
「ケードの連中は山賊みたいなもの。同盟など当てになりませんぞ!」
ラガーの言う通りだ。
ケード王の家臣の独断専横は有名だったのだ。
「よし、急いで兵を集めろ!」
「はっ!」
我々は急いで西方のリルバーン家の本領に戻らねばならない。
そして、手ぶらという訳にはいかない。
しかも、今回は戦に慣れたケード相手だ。
兵力は余裕を見て倍を用意すべきだったのだ。
「十二分に金は出す! 戦に耐えうる勇者はおらんか!?」
私は金で雇った者を加えた急造の軍隊四千名を連れ、一路西へと急ぐ。
六日後にはリルバーン家の領都レーベで、旧臣たちの率いる軍と合流したのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴563年3月20日――。
天気は雨。
吹き抜ける風は冷たい。
「斥候を出せ!」
「幕舎を張れ!」
私は旧臣たちと合流した軍、六千を率い北上。
ロア平原という、ひらけた場所に陣を敷いた。
「殿! 敵は二キロ先の山中に陣を構えているようです!」
「……うむう」
敵が平原に出てこないのには理由があった。
一つは兵数が此方より少ない事。
もう一つは敵が騎乗するドラゴネットは馬と違い、山中でもその脚力を十二分に生かすことが出来ることであった。
私の幕舎には家臣が集い、軍議が開かれていた。
上座に座る私のもとに、副将格のアーデルハイトを筆頭に、家臣たちが集った。
「我が方に比べて敵は寡兵、恐れることはありますまい!」
旧臣筆頭格のモルトケが勇ましいことを言う。
意外なことに、旧臣たちはやる気に満ちているようだ。
まぁ、その理由の一つが、私が灌漑政策で成功したからであろう。
主家がもつ余分な耕地とは、与えられる恩賞の余力という側面もあるのだ。
その恩賞を得るには、戦で手柄をたてるのが手っ取り早い。
そういう訳で、我が方の士気は旺盛であった。
「敵が山を下りていきます!」
「なんだと!?」
先に仕掛けてきたのは敵方だった。
こうしてロア平原での戦いが勃発したのであった。
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