第9話……船大工ウィリアム
港湾都市というべきエウロパの小さな行政府で初の会議。
窓から見える海は奇麗で、カモメが気持ちよさそうに空を飛んでいた。
「ご領主様よ、まずは何をやるんだ?」
初めにスタロンにそう問われた。
「うーん。この港の漁業で獲った魚を、効率よくお金にできないかな?」
「肉や魚は腐りますからなぁ……」
畜産による肉、それと漁業による魚は、庶民にとっては高嶺の花であった。
普通の日にまず食卓に並ぶことはなかった。
なぜなら、肉も魚も腐ることが問題で、貯蔵や輸送に難があったのだ。
「保存に塩……、そうか! 塩か? 塩なら、わが領内の海でとれるな!」
窓の外に広がる海。
そこは無限に塩を供給してくれる場所だったのだ。
「……塩ですか? それなら早速取り掛かりますか?」
「ああ、そうしてくれ!」
私はスタロンに返事をする。
そして、塩を作る事業を彼に任せたのであった。
「あとは塩漬けにする魚の買い付けですかな?」
そうラガーが聞いてきた。
「よく魚を塩漬けにするってわかったね?」
「……ええ、商人の勘ですかね? それが一番お金になりそうなので!」
「じゃあ、魚の買い付けと、干物への加工はラガーに任せるよ!」
「はい! お任せください!」
塩漬けにした魚を干し、それを魚があまり出回らない王都シャンプールに出荷。
もし、それが出来れば、巨額な収益が見込めたのであった。
「……あとは、道だな」
王都シャンプールとエウロパの間は道が悪かったのだ。
だがもう、仕事を頼める家臣がいなかった。
スタロンもラガーも出払っている。
ここに至って、リルバーン家の旧臣たちに助けを求めるのも癪だ。
灌漑工事を頼んでいるキムを早く呼び寄せないとな……。
「……ポコ?」
すまん。
タヌキじゃ無理なんだ……。
◇◇◇◇◇
「ポコ~♪」
「海が奇麗ですわね」
エウロパの街の復興などを部下に任せ、私はイオとポコリナを誘って、小舟で海にでていた。
この街は入り江に面し、そのため海は比較的静かであった。
だが、この小舟、ボロがきていて、油断していると水が染み入るほどであった。
「ウキが沈んでますわよ!」
「ああ!?」
慌てて仕掛けをあげるも、餌は奇麗にとられていた。
「ポコ~♪」
「あはは!」
私は気まずいが、イオやポコリナは笑ってくれた。
まぁ、血みどろで戦い続けている自分が、こんな幸せな生活を送っていいのか。
偶に自問自答したくなる時がある。
きっと、幸せな勝者は、敗者の上に成り立っているのだ。
いつかは私も敗者になる。
そう思うと、今日のような幸せを手放したくない私であった。
「助けて!」
黄昏てれていると、港から助けを呼ぶ声が……。
声がする方向へ急いで小舟を漕ぐ。
そうすると、ならず者三名に囲まれている白い髪の少女が見えてきた。
「まてまて!」
私は急いで小舟を岸につけ、少女のもとへと駆け寄った。
「誰だ! 貴様は!?」
男どもは大きな怒声をあげて、私をけん制してきた。
私はロングソードを抜き、剣の切っ先を賊たちに向けた。
「野郎! やんのかテメェ!」
「上等だコラ!」
男二人は私を脅してきたが、もう一人の男の様子が変だった。
「あ、あ……、赤いロングソード。アンタもしかして狂剣士のシンカーじゃねぇか?」
……うん?
随分昔の私を知っている奴がいたものだ。
「お前たち、逃げるぞ!」
そう言い、ならず者三人は慌てて逃げていった。
「助けてくれてありがとうございます! ……あ、そうだ! おじいさまに会っていってください」
少女はそう御礼を言い、私達を祖父のもとへと連れて行く。
そこはエウロパの町でも、小さな造船所などが立ち並ぶ集落だった。
「孫娘を助けてくれてありがとうございます!」
老人は涙ぐんで、少女の無事を喜んだ。
「いえいえ、たいしたことはしていませんよ」
「ポコ~!」
「まぁまぁ、むさくるしい所ですが、こちらへどうぞ!」
身なりから熟練の船大工と思しき老人は、私達を建物の奥へと導く。
奥では、給仕さんが暖かいお茶を用意してくれた。
「……む、ひょっとして、貴方様はご領主様では……」
……バレタ。
「実はそうなのです。あはは……」
私が照れ臭そうに身分を明かすと、老人も自己紹介をしてくれた。
老人はウィリアムといい、ここら辺の船大工たちの棟梁であった。
「ご領主様、以後、船のことなら任せてくだせぇ!」
「おう! 頼むぞ!」
その後、ウィリアムに連れられ、船大工の会合などにも出席。
酒も交えて、大いに情報交換をしたのであった。
――後日。
「ご領主様ぁ~♪」
小高い丘の上に立つ領主の館で寛いでいると、港の方から声がする。
遠眼鏡で見ると、真新しい小さな船の上で、ウィリアムが手を振っていた。
「元気かぁ~!?」
「ポコ~♪」
彼等は船から降りてきて、領主の館に訪ねてきてくれた。
「あの船は立派だなぁ。いいなぁ!」
私がそう言うと、ウィリアムがニッコリと笑った。
「あの船を差し上げます!」
「……ぇ? いいの」
「ええ、もちろんですとも! 娘を助けて下さった御礼です。受け取ってください!」
こうして私は新しい釣り船を手に入れたのだった。
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