第8話……東方の地

 統一歴562年11月――。

 私は館に近臣たちを呼び寄せ、会議を行っていた。


 小高い位置に立つ領主の館からは、領内の街並みがくまなく見渡せる。

 リルバーン家の領地は、カン川の東に位置し、その水の恵みにより、放射状に畑が広がっていた。

 しかしそれは、私には物足りなく感じた。



「もうちょっと畑が拡がらないかな?」


「お金のかけ方によりますな」


 私のつぶやきに反応したのはキム。

 彼の知識は水路や土木にも通じていた。


「灌漑を行えば畑がもっと広がるよなぁ?」


「間違いなくそうなりましょう」


 リルバーン子爵家は東部の蛮族に対抗するべくたてられた比較的新しい貴族家であり、その為すべきところは武人としてであった。

 当然に、その領地の景色は、武骨でかつ簡素で最低限なものだったのである。



「……よし、まずは畑からだな。幸い賊から押収した資金がある。これを使って灌漑し、肥沃な畑を広げていこう!」


 私は羊皮紙に描かれた地図をもとに、大まかに地域と投資金額をキムに指示。

 そして、実務的な細かい部分は彼に任せた。


「……はっ、早速工事に取り掛かりまする!」


 リルバーン家の領地の取れ高は約2万ディナール。

 しかしこれは、前当主時代からの家臣たちの取り分である家禄が多く占め、新しい部下たちに分ける土地が無かったのだ。


 さらに言えば、リルバーン家の直轄地も少なくその財政は悪い。

 それゆえ、資金が許せる限り、収入源たる畑を広げたいのが、私の希望するところであった。


 また、畑が増え、取れ高が上がれば、商人たちが勝手に集まって来る。

 そうすることで、城下がきっと賑わっていくのではないか?

 ……そんなことが私の希望する目算でもあったのだ。



「あと、貯水池も作ろう!」


「我が領地は、干ばつになることはあまりないのですが……」


 私の発言を遮ったのは家宰であるアーデルハイト。

 たしかに、この地は水利に恵まれており、多雨になっても洪水になることも少なかった。


「違うんだ。貯水池で魚を畜養するんだ!」


「……なるほど」


 頷いたのはスタロン。

 彼と私は諸国を転戦、様々な形の各地の施策を見て来ていた。


「貯水池の利便性を享受しながら、栄養豊富で資金源にもなる魚を育てようという腹ですな?」


「そうそう」


 魚種は近隣に生息するフナやマスといったところ。

 この地域は魚が高価で、貯水池を作っても採算がとれることは確実であった。



「最後に、もっとも重要なことは……」


 今回の会議に私が集めていたのは、アーデルハイトを含めた腹心のみ。

 旧家臣団は蚊帳の外であった。


「領地の中心をだな、東部のエウロパに移す! ……だが、名義上の本拠地は今まで通りとする」


「……え? あそこは元族の本拠地ですぞ!?」


 スタロンが珍しく驚いた声で問い返してくる。


「かまうもんか! あちら側には良港もある。なにしろ、こちら側にいては旧臣たちに遠慮することが多すぎてやりにくい」


「……」


 これにはアーデルハイトが目を伏せ押し黙った。

 旧家臣たちはこの地に愛着とプライドがあり、私のすることに、しばしば抵抗することが多かったのだ。



「この館の城代はアーデルハイトとする。イオ、スタロン、ラガーは私と共に東のエウロパまで来てくれ! キムも灌漑計画のめどが付いたら来てくれ」


「「「はっ」」」

「ポコ!」


 それから三日後。

 私は近臣と新たな兵士千五百名を引き連れ東へと向かった。

 道中、雪がチラホラと降り、今が冬であることを思い起こさせる旅程であった。




◇◇◇◇◇


「イオは来たくなかったよね?」


 東に向かう道中、私は馬上で故郷を離れるイオにそう尋ねる。


「族の本拠地と聞けばあまり嬉しくはないですが……。でも、私はお前様が行くところ、どこへでもついて行きますわよ」


「ありがとう」


 東に行くのに、旧臣たちのしがらみを理由にしたが、侵攻してみて思ったのだが、賊たちの治める地は意外と豊かだったのだ。

 つまり、ここを自らしっかりと治めれば、リルバーン家の力は飛躍的に伸びると感じた。


 他にも理由がある。

 オーウェン連合王国は奴隷制を採用している。


 先の賊との戦いで、新たに募った兵たちの出身の多くが奴隷階級であったのだ。

 これは旧臣たちの兵と一緒にしていては諍いが起きる。

 それもあって、暫く離れて暮らす必要があったのだ。


 ……しかし、傭兵時代と違って気を遣うことが多い。

 なんだか最近、気疲れでぐったりしていた。



「お待ちしておりました。シンカー様!」


「出迎えご苦労!」


 私たちは、三日三晩の旅の末、エウロパに着く。

 出迎えてくれたのは、元海賊たちの手下の男だった。

 

 海賊と聞くと聞こえが悪いが、そのほとんどが、貧しさゆえに幼いうちに奴隷として売られてきた者たちだった。

 ……謎の大寒波以来、多くの人たちが食べるのに困っているのだ。



「兵たちの宿舎の手配を頼む! あと食事の手配もな!」


「はっ!」


 私は海賊たちの生き残りで、使えそうな人物を予め雇っていた。

 海賊と言っても、平和的に漁を営む者も多く、そのような人々がここには多く残っていた。


 小さな城塞都市エウロパは、先の戦いで多くが焼き払われたが、もう新しい建物があちらこちらに建ち、復旧にめどがついていそうな勢いであった。


 私たちは、元族長の館であった石造りの大きな建物を接収。

 領主の館、兼、当面の行政府としたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る