第7話……賊と賊
私は風呂場で、薄絹だけを纏ったイオに背中を流してもらっていた。
「……なあ、これで良かったのだろうか?」
先日の結婚で私はイオを娶り当主に。
それに引き換え、前当主のイオの姉のアーデルハイトは、家臣の列に降格となった。
そのことに私はモヤモヤ感を覚えていたのだ……。
「私も姉も路銀が尽きれば、知らない男相手に体を売る生活となっていたかもしれません。これで良かったのだと思いますわ……」
彼女は背中を流し終わった後、私の背中にしなだれかかってきた。
「うーん」
煮え切らない私にイオはが応える。
「……では、貴方様の代で、このリルバーン家を大きくしてくださいな。それならだれも文句は言えますまい」
「そうだね。それがいい」
そう言い。私が後ろを振り返ると、イオの体から薄絹がはらりと落ちた。
「……あっ」
◇◇◇◇◇
リルバーン子爵家領。
オーウェン連合王国の最東端に位置する領土。
イシュタール小麦の取れ高は、毎年2万ディナール前後。
文化的レベル的には低く、野蛮な田舎の地と言われることが多い。
しかしながら、領地の西側は水の美しいカン川が流れ、土壌は肥沃であった。
そもそも、文化的な問題より、子爵家領の東の地には山賊のような武装勢力が割拠し、これを完全に排除するのが歴代リルバーン家当主の宿願であった。
「……よって出兵し、東の賊を一掃する!」
私は家臣一同が会する会議でそう発言した。
家臣団の殆どは、前当主から引継いだものだ。
なぜなら、貴族家の事情を知らない私が、無理な人事を行うことは避けるべきだと思ったからだ。
もっと言うなら、私に家臣たちを排除する力など全くない。
「意外なほど、野盗どもは強うございますぞ!」
我がリルバーン家の筆頭家老、兼家宰のアーデルハイトが皆の意見を代表してこたえた。
「まずは南側の連中をターゲットにする!」
私は構わず話を続けた。
「今回の件、王家から、山賊から召し上げた土地は全てリルバーン家の土地にしても良いとの仰せがあった。よって切り取った土地は手柄のあった者にくばるぞ!」
「……」
しかし、リルバーン家の家臣の面々は、山賊の地など欲しくないといった感じだ。
さらに言えば、卑しい野盗の群れと戦いたくないという節もある。
だが、ここの会議室に詰めている奴らは、いわば上級家臣団。
末端の兵士の意見とは異なるはずであった。
「心配するな。今回の出撃にはお前たちは連れて行かん!」
結局私は、前当主から引き継いだ家臣たちに留守居を命じ、王都シャンプールで新たに兵士を雇用した。
王都には沢山の傭兵や流れ者、乞食などが大勢暮らしていたのだ。
私は、そんな連中に、手柄をたてれば土地をやると約束し募兵。
装備品こそ怪しいが、あっという間に三千名の部隊を組織できたのだった。
また結局、アーデルハイトだけはついてくるということで、副将に任命。
各部隊長にスタロン、ラガー、キムを充てて、早速山賊領へと進撃を開始したのであった。
◇◇◇◇◇
統一歴562年9月――。
わが軍は秋の刈り入れの最中、賊どもの支配地に押し入った。
相手は賊とはいえ、長年この地を支配しており、もはや小さな領主と同じようなもの。
つまり、ある程度の収入は耕作に依存していたのだ。
「まずイシュター小麦を刈り取れ! その後、家々に火をかけろ!」
「はっ!」
私は麾下の部隊に乱暴狼藉を命令。
どちらが賊か分からないような命令に、兵たちは嬉々として取り掛かった。
「……いやまて、リルバーン家の当主たるものが、そのような卑しい行いをして如何するのだ?」
案の定、アーデルハイトが噛みついてきた。
「山賊には山賊相手の戦い方があるのです。まぁ、現当主は私なので見ていてください」
「ポコ~♪」
私は兵の後ろに商人も連れて来ていた。
兵たちが刈り取った小麦や略奪品をすぐお金にできるようにだ。
「次の集落もお宝の山だぞ!」
「「「応!」」」
陽は傾いていたが、兵士たちの士気は天を突くばかり。
完全に夜のとばりが降りても進撃は続き、結局、三日間で十六の集落を踏破。
四つの山賊のアジトである砦の攻略に成功したのだった。
◇◇◇◇◇
リルバーン子爵家領の南側は、豊漁が望める豊かな海だった。
しかし、地形の難あって、ちいさな港はあったが、大きな良港はなかった。
当然に、東に位置していた賊どもの領地も海に面しており、こちらは逆に大きな良港に恵まれていた。
つまり、海賊といったところだ。
次のターゲットはこの海賊だったのだ。
「……ふむ。これは難敵ですな」
小高い丘でスタロンが呟く。
そう、今回の相手は港全体を砦にしたような、城塞港湾都市エウロパだった。
まぁ、城塞都市というには若干規模が小さかったのだが……。
「策はあるのか?」
アーデルハイトが聞いてくる。
「ない!」
正直に私は答えた。
私はここまで東に来たことがない。
よって地理も分からねば、風土の事情なども分かることは皆無であった。
……だが、一つだけわかることがある。
この辺りの海賊は、首都シャンプールの商船も襲っており、非常にお金を持っているということだ。
それは、今回私が率いてきた貧しい出自の兵士たちも知っていた。
我が軍は速やかに城塞都市を包囲。
今まさに、金に飢えた亡者の群れが攻め掛からんとしていた。
「掛かれ! 獲ったものは自由にせよ! 突撃!」
「「「応!」」」
我が兵はとても貧しく、そして敵の賊は豊かであった。
その士気の差は歴然であった。
しかも、我が方には、賊から寝返ってきた兵士もいて、私は敵城の仕組みも手にしていた。
つまり、敵に情報でも数でも優位に立っていたのだ。
城塞都市はその名と違い、あっさりと半日で陥落した。
敵の海賊たちは、城塞の力に過信し、さらに女や酒にいり浸りだったのだ。
「えいえい、応!」
この小さな城塞都市は放火にて燃え上がり、多くの店は略奪の憂き目に遭い、人は連れ去られ、財は奪われてしまったのだった。
結局――。
この賊に対して、賊のような戦術は功を奏し、僅か一か月で、リルバーン子爵家の東側の賊支配地域の南半分を完全に占領したのであった。
そして、各賊の首領格は打ち首。
……が半面、手下の者などは、希望者は召し抱えたのであった。
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