第6話……イオ

「ねぇ、シンカー。先の内乱鎮圧で軍備にお金がかかってね。これからの資金の捻出に何を当てようかと悩んでいるの……。何がいいと思う?」


 私はシャーロット女王の側を固める近衛兵の一員であり、傍にいることが多かった。

 そのため、馬での遠乗りの時などに、色々な質問をされることも多かった。


「宮殿にある宝物を、いくらか売り払ってみては?」


 オーウェン家は長年続く大きな国の王家。

 蔵には秘蔵の宝物が、沢山納められているとの噂であった。


「……あ! それは良い案だね! 早速大臣たちに相談してみよう!」


 私がこのように女王と親しくするのに対し、このような状況を快く思わないものが多くいた。

 私を近衛部隊から転出。

 僻地へ飛ばすという噂まで耳に入っていたのだった。



 私が休暇でラガーの宿で休んでいた時。

 王宮からの参内の要請があった。


「女王様の命令である。明日の午後、宮殿までこられたし!」


「はっ」


 その時の私は、なにか難題を与えられそうな嫌な予感がしたのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴562年6月――。

 王都シャンプールは年中活気がある。

 イシュタール小麦の刈り入れが終わり、大通りの店の列には焼きたての白パンの香りが漂う。


「こちらでございます」


「あれ? 用件は王城ではないのですか?」


「はい」


 衛兵が案内してくれられたのは王の間ではなく、宰相であるフィッシャー宮中伯の部屋であった。



「来たようじゃな。男爵のシンカー殿……。しかしな、今になっても苗字もなければ都合が悪かろう……」


 老宰相はそう重々しく声を発し、テーブルのお茶をそっと勧めてきた。


「はぁ」


 私は生返事で返す。


「貴公の反乱鎮圧と陛下救出の功績、それを全て勘案すると、男爵への陞爵では足りぬと見る向きがあってな。その上の位である子爵を検討すべきとの声もある。それでな、つまるところ、反乱に加担したリルバーン家を其方に継いで欲しいのだ」


「養子に入れということですか?」


「……いや違う。反乱首謀者であるリルバーン家の女領主と結婚してもらう。そしてその上で当主となるのだ」


「そんな面倒なことをなぜ?」


 私は宰相に質問を向けてみた。


「オーウェン連合王国は、西側には二つの国を併呑するほど繫栄して居るが、王都シャンプールより東は未開地が多いという有様だ。未開地の奴等は血のつながりを大切にするのだ。今回の当主はお前でも、次の当主は前当主の血脈が保たれる。そういう政略的な条件を出さねば未開地の奴等は納得せんじゃろうて……」


「わかりました。ところで女王様は?」


「シンカー男爵。いや今やリルバーン子爵殿というのが正しいのかな……? 佞臣のシンカーは女王陛下に近すぎる、と讒言するものが多くてな……。しばらく遠ざかってくれ」


「……はっ」


 つまるところ、女王と親しい私を僻地へと追いやりたいのだろう。

 しかし、宮中のごたごたに巻き込まれるのは私も困る。

 ここはおとなしく言うことを聞いておくべきだろう……。


 宰相から赴任に関する命令書を受け取る。

 ねんのため、羊皮紙を広げてみると、ちゃんと女王の署名があった。




◇◇◇◇◇


 私はスタロンとポコリナだけを従え、徒歩でリルバーン子爵領に向かった。

 道から見える麦畑は豊かであり、この地が意外なことに肥沃な土地であることを示していた。


「おじゃまします」


 リルバーン子爵家の人々は、大きめの商人の家に間借りしていた。


「用件はなんだ?」


 上座の元女領主に問われる。

 私はそっと王からの命令書を手渡した。

 用件が用件だけになんだか照れ臭い……。



「ふむう……、其方が我が伴侶となるのか。……いやまて」


「どうかしましたか?」


 まぁ、いきなりの政略結婚の話。

 相手方にも反論があるのも当然と思っていたところ。


「おい、イオ。こっちへこい」


 女領主が手招きしたのは、女領主そっくりの美しい若い女だった。

 ただ唯一違うのは、目が燃えるような紅の色をしていた。


「私には反逆者の汚名が付いて回る。よって、我がリルバーン家の為にも、私の代わりに妹のイオを娶って欲しい。それにイオは……」


「魔法が使える、……と?」


 この世界、希少な魔法が使えるものが存在していた。

 その割合は100人に1人と言われ、その特徴として眼が燃えるように赤いと言われていたのだ。



「そうじゃ。いつか授かる次期当主に、魔法の血脈をのこしたいのじゃ」


「……しかし、再び王都の裁可を仰ぎませんと」


「わかっておる。すまんがよろしく頼む」


 元女領主は深々と頭を下げて頼んできた。

 しかし、私としても悪い話では無かった。


 卑しい傭兵身分では嫁のなり手がなかなかない。

 突然に嫁のなり手が現れたと思ったら、希少な魔法の使い手だというのだ。

 それに姉に似て美しい形で、胸も大きく、私好みであった。



「……では、しばしお待ちを」


「うむ」


 私はスタロンを王城に派遣した後、近くの集落で宿をとり、知らせを待った。

 そして、意外なことにスタロンはすぐに戻ってきた。


「どうであった?」


「別に、構わないとのことです」


 きっと、王都シャンプールの人間たちからすれば、私をシャルロット女王から遠ざけることができれば何でもいいのだろう。


 その話は、すぐに女領主に伝えた。

 先方では婚礼の準備が進み、すでにイオという娘が、奇麗に着飾っていた。

 目が合うと、彼女は少し顔を赤らめ俯いた。



「……私で、構わないのか?」


 私は彼女に、卑怯にも少しそんな風に聞いてみた。

 これは政略結婚なのだ。

 つまるところ、私にも彼女にも拒否権はない。


「反乱鎮圧に功のある立派な方と聞いております。末永くよろしくお願いします」


 イオという女性はそう言って頭を下げてきた。


「こちらこそ、よろしく頼む!」



 その三日後に、私たちは領内の教会でささやかな式をあげた。

 本来は貴族なので、王都シャンプールの大きな大聖堂で大々的に上げるべきなのだが、反乱を起こしたお家ということで、地元でコッソリという感じなのだ。


「おめでとうござる」

「おめでとうございます」

「ポコ~♪」


 先方の来賓は地元の名主や名士など、比較的高貴な人々だったが、私の招いた客は傭兵仲間。

 まったくもって、粗野で武骨で、そしていくばくか酒乱気味だった。



「うはは!」

「酒持ってこいや!」


 私自身、名士に囲まれているより、野盗の群れのような彼等に囲まれているほうが安心する。

 料理や酒が沢山準備されたが、傭兵連中の胃袋の底なしさが十二分に発揮された。


 ……そして、私はイオと口づけを交わす。

 さらに、王都で急遽買い求めた指輪を交換し、正式に夫婦となったのであった。

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