第5話……北の水脈

 この度、私は男爵への出世。

 年俸はイシュタル小麦1000ディナールに達した。

 本当は立派な屋敷でも構えねばならないのだろうけど、ラガーの親父の宿屋の一室に仮住まいのままだ。


「さてと、次は従者の算段か……」


「ポコ?」


 男爵たるものオーウェン王国では、戦時に25名以上の動員を義務とされているらしい。

 もちろんタヌキは定員外だ。

 私は特に親戚などの縁故もない故、ラガーの宿屋の常連である傭兵くずれなど22名を雇用した。



「招集! 招集!」


 東部でのリルバーン子爵家の反乱が鎮圧されたため、刈り入れ時を待って、王宮は本格的に西部のファーガソン地域の反乱の鎮圧へと力をいれる。

 シャーロット女王自らの出陣とあって、王の親衛隊に席を置く私にも出撃の命が下ったのだった。


 我々は王都を出立。

 数日を経て牧草地帯が広がるソーク地域に進出。

 さらにファーガソン地域に達するには、さらに十日を要したのだった。




◇◇◇◇◇


 統一歴561年10月――。

 我々は反乱軍の支配地域であるファーガソン西部に着陣した。


 そして、先行していた宰相のフィッシャー率いる兵六千と合流。

 我が方は一万八千の大軍となっていた。


 対する反乱側のチャド公爵側の兵は六千。

 真正面から平地で戦えば楽勝かもしれないが、地の利は相手側にあった。


 特にファーガソン北部に居を構えるパン伯爵。

 彼は難儀なことにゲリラ戦が得意であり、放置するに危険であった。



「余がパンの奴を八つ裂きにしてくれる!」


 そんなことを言ったかどうかは疑わしいが、勢いにのる若き女王シャーロット。

 彼女は六千の兵を自ら率いて北進。


 二度三度、野戦にて見事反乱軍との小競り合いを制して、パン伯爵の居城を包囲することに成功した。

 流石にパン伯爵家の城は、リルバーン子爵家の砦とは異なり、本格的な土木工事を施した三層の曲輪からなる大きな要塞であった。


 事前の情報によると、城内に井戸は複数あり、武具や食料の備蓄も豊富。

 なまじこちらが大軍なのもあって、時間が立てば物資の窮乏は、此方が早く来るとの目算であった。



「構わん! 押せ押せ!」


 女王直々の出陣とはいえ、こちら側の実質的な総大将はオルコックである。

 彼は兵を四方にくまなく配置。

 銅鑼の音で一斉に攻撃させた。


「掛かれ!」


 我が方は城側からの弓矢を掻い潜り、城壁に梯子を掛けて寄せるなど、一定の攻勢を見せた。

 しかし、堅牢な城に籠る相手側の優勢は揺るがず、何度攻め寄せても、目だった成果は上がらなかった。



「相手は僅か一千に満たないではないか。何をやっておる!」


 オルコックの檄が、各下級指揮官へと飛ぶ。

 それに伴い、各隊は無理な攻勢に出て、いたずらに損害が増すばかりであった……。




◇◇◇◇◇


 統一歴561年12月――。

 包囲戦が始まり、はや一か月。

 本格的な冬が訪れた。


 ここの地勢は山地に属し、日によっては吹雪となり、昼でも氷点下にまで気温は下がった。

 テントなどの簡易の宿泊設備しか持たない我が方は、凍え死にそうな窮地に陥っていたのだった。



「……ねぇ? シンカー。良い手立てはないものかな?」


 私は、女王の前線視察に同行した時に問われる。


「今回は前回ほど確証がないのですが?」


 私は羊皮紙に描かれた地図を広げた。


「この城の北側が山なため、井戸に使われる水脈はきっと北側からきているモノと思われます」


「……ふむ」


 井戸の水脈など、水が氷るような寒い時期以外であれば、いくらでもあったに違いない。

 ……だが、今は冬。

 多くの利用できる水脈が、凍結によって寸断されていると予想できた。


「……だけど、水脈などどこにあるかわかるの?」


 女王は残念な話を聞いたとばかり落胆した。


「実はキムという特殊な能力を持った男がおりまして……」


 私は今回の従者増員に際し、ラガーの親父の推薦で一人の乞食を雇っていた。

 元鉱山技師であり、水脈などにも精通しているというキムという男だ。


 何故そんな優秀な男が乞食をしていたかと言えば、三年前に流行病にかかり、顔が酷いあばた顔になってしまったため、雇用主が気味悪がって職を失ったとの事であった。



「そのキムが申すにこの三か所……」


 私は地図に三か所ほど印をつけていた場所を、王に指し示した。


「ここを掘れば水の手が切れるの!?」


「わかりませんが、他にやることもありませぬゆえ」


「うん、やってみよう。其方に兵五百を預ける。早々に取り掛かかって!」


「はっ」


 女王の号令一下、城の北側で掘削工事が開始された。

 城からの攻撃を防ぐため、木でできた大きな盾を置き、簡易の防塁などを築き安全策を取る。

 工事は篝火を焚き、三日三晩、夜を徹して行われた。



「出たぞ! 水が出たぞ!」


 工事開始から四日目の朝。

 あちらこちらで歓声があがる。

 遂に2か所で水脈にたどり着いたのだ。


 すぐさま私は寸断する工事を指示。

 城側の水の手を断つことに成功したのだった。

 これにより城側の士気は地に落ちた。



「開城せい! 貴様等に生きる道はないぞ!」


 今までのうっ憤を晴らすべく、優勢になったオルコックは強かった。

 彼の指揮下、情勢の優位を感じ取った兵たちは激しく攻め寄る。

 矢の雨が空を黒くするほど飛び交い、旗指物も次々に敵陣へと進む。


 交戦開始から3時間ほどもすれば、士気の差が歴然と現れ、攻撃側が次第に優位となる。

 決死の突撃隊は次々に空掘を埋め、一気に塀を倒し、一番外側の曲輪を瞬く間に占拠した。



「もはや、お前たちに勝ち目はないぞ! 降伏するものは命を助ける!」


 シャーロット女王自らが大声で敵方の下級兵士の投降を誘う。

 これには、城側は夜間に脱走兵が続出。

 もはや陥落は誰の眼にも明らかになっていった。


 それから三日後。

 パン伯爵は降伏開城し、自ら王に助命を嘆願。

 その願いは叶えられたのであった。


 このパン伯爵の降伏に伴い、チャド公爵は形勢の不利を悟る。

 結局、公爵側が身内の人質を出し、再び女王シャーロットに臣従するという条件で講和が纏まった。


 統一歴562年4月――。

 ガーランド商国に負けて約二年。

 オーウェン連合王国の内乱は、概ねここに幕を閉じたのであった。

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