第4話……水瓶
提案に際し、私は事前に情報を集めていた。
リルバーン子爵領は、先の戦いで当主と跡継ぎが死んでおり、亡くなった当主の娘が当主代行をしているとのことだった。
女性の当主は前例があるものの珍しく、オーウェン王国の官僚たちが良い顔をしなかったのも今回の反乱の一因であったらしい。
そんなことを言えば、シャーロットも微妙な立場なんだろうな、と少し思う。
まぁ、反乱を起こした以上、そんなことは言い訳にならないだろう。
厳正な処分が行われるであろうことが予測された。
「……さぁ、いきますか!」
私はスタロンとラガーを連れて、白旗を携えて砦へと赴く。
この場合の白旗は軍使である意味合いであり、降伏の意ではない。
石造りの大手門も険しい坂の上にあり、その堅固さが伺えた。
「何者か!?」
厳めしい造りの城門の上から鋭い声がする。
「使者としてまかり越しました。開門願いたい!」
「よかろう!」
味方の軍勢が遠く退いてくれていたのもあり、私たちは案外簡単に砦に入れた。
しかし、城内の兵士たちの士気が旺盛で、とても降伏しそうにない雰囲気だった。
「ご使者だけこちらに来られい!」
砦の中で、スタロンとラガーと別れ、私だけが領主の待つ建物へと案内された。
待っていたのは予想通りの女城主様。
彼女は美しく、その金色の髪は長い。
さらには若い女性らしいくびれのある魅力的な体をしていた。
「ご使者殿、ご苦労! 私が城主のアーデルハイト=リルバーンである。ご用件は如何に?」
「はっ! このまま戦っても先は見えておりまする。ここは降伏なされるが良いと……」
「……ほぉ、その条件は?」
「御城主様と兵士全員の助命にございます」
そう告げると、脇に控える家臣が問うてきた。
「御城主様の地位はどうなるのだ?」
「ご領地没収の上、平民へ格下げにございます」
「ふざけるな!」
案の定、座にいる全員から怒られた。
本当は良い条件を出したいのだが、親衛隊長のオルコックが首を縦に振らなかったのだ。
「こちらの条件はこれに書いてある! もう一度出直してくるがよかろう!」
「はっ」
私は女王宛ての一通の書簡を携え帰路に就いたのだった。
◇◇◇◇◇
「ふざけるな!」
今度は王への報告の場にて、同席した親衛隊長のオルコックに怒られた。
相手の条件は、地位と領地を今まで通り安堵して欲しいという旨であった。
私は女王に助勢を願う視線を向けるが、気まずそうに目を背けられてしまった。
どうやら、女王様は王位継承直後で、家臣たちを制御できていないという噂は本当であるらしい。
たしかに、先代からの功績ある重臣への対応は難しいと私でも予測できた。
「もう一度、行って参りましょう!」
「その条件で大丈夫か?」
ゼロ回答の返事を伝えるのに、流石に女王が少し心配してくれる。
「……まぁ、多分」
少し無礼な口調だったかもしれないが、私は再びアーデルハイトに会いに行ったのだった。
◇◇◇◇◇
「……ご使者殿、失礼だがお主は馬鹿か?」
女王からの返信の書簡を渡すと、彼女に馬鹿にされた。
なにしろ此方の条件は前回と一緒。
まるで交渉ごとになっていなかったのだ。
しかし、この女城主様、奇麗だなぁ……。
私は彼女の家臣団に馬鹿にされながら、そんなことを考えていたのだった。
「……では、もう一度伝えて参りまする」
「同じ条件なら、もう来なくて良いぞ!」
私は、彼女の家臣たちからも散々な言われようで、すごすごと戻ってきたのであった。
「シンカー、お前は馬鹿か?」
返ってきたこちら側でも、私はオルコックに馬鹿にされた。
確かに私は子供の使いのようなことをしていたのかもしれない。
「そこを是非、もう一度行かせてくだされ!」
「勝手にせい!」
味方の士気も上がらない中。
交渉の間だけは兵を休ませることができたのだ。
そういう事情があり、オルコックは私が使者になることに口を挟まなかった。
「ご使者殿! ちとシツコクございませんかな?」
流石に、おとなしそうな女御領主さまもお冠だ。
なにしろ、条件に全く変化がないのに、私が何度もやって来るからだ。
「……では、条件をお伝え致しまする!」
「良きに計らえ」
もう敵にも味方にも呆れられていた私。
今回もすごすごと味方の陣へと引き換えしたのだった。
◇◇◇◇◇
それから三日後――。
今度は城内からの使者が、我々の元へとやってきた。
「先日のご使者殿の条件で降伏いたしまする!」
「……え?」
この出来事に女王だけでなく、私を馬鹿にしたオルコックまでもが唖然としていた。
「……しかし、卑怯な手を使いますな! いずれご自身も同じ目に遭いまするぞ!」
使者に面と向かってそう言われた女王は、
「何のことだ?」
と問い返したが、敵方の使者はそれ以上何も言わなかった。
こうして、砦は開城。
敵方に招集されていた下級兵士たちは村々へと帰っていった。
帰りの行軍の途中。
女王が私に尋ねてきた。
「ねぇ、シンカー。どういう手で降伏に追いやったの?」
「それはですね……、私と同行していたスタロンとラガーに、砦内の下働きらに金貨を渡し、飲料水である水がめに毒を入れてもらうようにしたんですよ」
「それで意味不明に、何回も使者として通っていたのか?」
「左様でございます」
後日、この相手方の水の手を断った手口。
根っからの武人である親衛隊長のオルコックの受けは悪かったが、王宮内の官僚たちには絶大な評価を得た。
オーウェン王国で武名第一であったオルコックが落とせなかった砦を、たった金貨100枚だけで陥落せしめたからだ。
王都に帰って二週間後。
先日の砦陥落の功績により、私は男爵への昇進が決まったのであった。
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