第3話……騎士叙任

 諸国が統一、平和を謳歌してから約500年。

 突如、稀に見る大寒波が押し寄せ、この世の諸国は飢饉となった。


 以来、平均気温があまり上がらず、大地の力は衰え、食糧難は慢性化していく。

 それに伴い、大国内でも利害が相反し次々に分裂。

 現在、諸国は大いに争い、戦乱の世となっていたのだった。



「えーっと」


 私は任命書に書かれた事項に目を通した。。


 イシュタル小麦100ディナール。

 これが私の騎士としての年俸。いわゆる一年あたりの給料である。


 1ディナールとは、人ひとりが一年間に食べる量である。

 そして王の命令によると、二人の従者を雇わなければならなかった。



「むう。従者か……」


 実際には騎士は馬上の人であることが多いので、サポート用の徒歩の従者が必要だったのだ。

 ちなみに私は馬が苦手だ。

 騎士が徒歩であってはならないということは多分ないだろう。


「ポコ~♪」


 ポコリナが立候補しているような気がするが、流石にタヌキは駄目だろう。


「ラガーの親父、スタロンに連絡は出来るか?」


「……ええ、連絡はつくと思いますよ」


 これでまず一人か。

 あともう一人雇わねばならない。

 宿屋の食堂には傭兵崩れが沢山いるが、誰でもいいといったわけではなかったのだ。



「旦那、誰もいないなら私でもいいんですぜ!」


 そう宿屋の親父が言ってきた。


「あんたは宿屋の仕事があるだろう?」


「いやいや、娘婿も仕事に慣れましてな。私もいろんな地を旅してみたいのでさぁ」


「……そっか」


 宿屋のことはどうなるかわからんが、これで従者のアテが付いた。

 明日にでも城に報告しよう。


 私は宿屋の食堂で旨い晩飯を食べ、その晩はゆっくりと寝入ったのであった。




◇◇◇◇◇


 翌朝――。

 私は登城。

 初めての任務は王宮会議室の警備であった。


 シャーロットは正式な女王となり、最も上座の玉座に座る。

 その両脇には多数の家臣団が並んだ。


「……では、始める!」


 宰相であるフィッシャーの声が、会議の始まりを告げた。


 ガーランド商国との戦いで、先王カールが討ち死に。

 他にも歴戦の将軍たちが打ち取られた。

 その影響は各地方へと伝播した。


 その顕著な例として、連合王国の一角を担う西方のファーガソン王国の太守チャド公爵が離反。

 ファーガソンの地の西半分の地が陥落したという。

 他にも、東方のオーウェン王直轄地であるリルバーン子爵家が反乱を起こしたらしい。


 会議の結論として、西方のチャド公爵の反乱への対応として、宰相フィッシャー宮中伯が六千の兵で対応。

 東方のリルバーン子爵家への対応として、シャーロット女王自ら三千の兵を率いての出兵となった。


「……では、各々方、頼みますぞ!」


 宰相の声で会議は閉会。

 貴族や将軍各位は急いで準備に取り掛かった。



「……ふう」


 私は皆がいなくなり一息ついていると、女王が自ら話しかけてきた。


「シンカー、貴方も余と共に東へ赴いてくれませんか?」


「はっ! 仰せのままに……」


 私にはこういうほかない。

 もし断ったりしたら処罰されかねないだろう。


「あはは、ここには余と貴方しかいないのよ。こういう時は友達でいて欲しいな……」


「はぁ」


 私は生返事で対応。

 それから女王と暫く談笑したのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴561年4月――。

 春の刈り入れ時を待って、オーウェン連合王国は動き出した。


 先の戦いで、歴戦の諸将が討ち死にした不安があるが、所詮相手は反乱軍。

 先の大敗を引きずらず、全軍に楽観した雰囲気があったのが救いであった。


「進発!」


「「「応!」」」


 騎馬隊の列が先頭に立ち、槍や剣を持った歩兵隊、弓隊、弩隊と続く。

 更には、補給物資を満載した馬車も列をなした。

 それぞれ、民衆が歓呼して出発を見送る。


 私はシャーロット女王の近くを固める親衛隊に属した。

 周りは騎乗の者ばかりで、徒歩である騎士は私だけという恥ずかしさ。

 やっぱり馬は買った方が良かったのだろうか?



「旦那、行きますぜ!」


「ああ」


 従者スタロンは実戦向きとは言え、汚れたチェーンメイルに大斧という汚い形であり、もう一人のラガーの親父に至っては鎧さえ着ていなかった。


「うはは、あいつら馬鹿じゃねぇか?」

「馬も買えねぇほど貧乏なのかね?」


「……くっ」


 当然ながら、親衛隊は装備がいい。

 出自も貴族家の次男三男といった具合で、気位も高い部隊だったのだ。

 当然私たちの存在は浮いており、嘲笑を誘った。


 気分の悪い行軍は続き、その後、十日を擁してリルバーン子爵家の領地に侵入。

 反乱軍の根拠地である砦を包囲したのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴561年5月――。

 シャーロット女王率いる親衛隊は、リルバーン子爵家の砦を攻撃。

 対する敵の数は五百名にみたない数であった。


「掛かれ!」


 親衛隊長オルコックの指揮の下、攻撃が二度三度と繰り返されるが、砦は一向に落ちる気配がなかった。


 私も攻撃に加わったのだが、この砦は川に挟まれた中州にあり、且つ険しい崖の上に建てられていた。

 砦は強固な石造りであり、火を寄せ付けない。

 更に砦内に井戸はないが、大きな水がめが6つもあるらしく、あと3か月は水にも食料にも困らないとのことだった。


 親衛隊は崖上から矢が降りしきる中。最近の雨で増水した川を渡り、必死の形相で崖にしがみ付く。

 やっとのことで崖を登り切り、手近にある木にロープを結び、崖下の友軍にまで縄を放ろうかとしようとすれば、敵は砦から打って出て、我らを崖下に堕とし、ロープは切られるという有様であった。



「……ぐぐぬ」


 士気を担当する親衛隊長オルコックは、完全に手詰っていた。

 砦を包囲し、約一月半。

 日々負傷者は増え続け、医療班だけが獅子奮迅の働きを擁した。

 此方の軍は厭戦ムードが広がり、士気はダダ下がりであった。


「奇襲に気をつけろよ!」


 もはや攻撃側の我らが、夜中の敵の奇襲を恐れるほど、我らの形勢は良くなかったのであった。



「……ねぇ、シンカー。良い手立てはないですか?」


「は?」


 女王の前線視察の護衛で、二人っきりになったところで女王が話しかけてきた。


「……まぁ、ないことはないですが?」


 私は頭をかきながら返事をする。


「え!?」


 今度は逆に女王がビックリしたようだ。


「……何か手立てがあるの?」


「私が降伏勧告の使者となってきます。あと準備金に金貨100枚を頂けますか?」


「それくらいなら準備出来るけど。相手は不利じゃないから、きっと降伏なんかに応じないのでは?」


「まぁ、やってみるだけやってみましょうよ!」



 私を使者として降伏を持ち掛ける案。

 案の定、親衛隊長のオルコックは反対したが、かといって他に良案がないため、私の提案は実行に移されることとなったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る