第2話……王女殿下

「あいや、待たれい!」


「なんだてめぇ!?」

「殺されてぇのか?」


 私が声をかけた途端、敗残兵たちは殺気立った。

 こうなれば言葉は不要。

 剣での実力だけがモノをいった。

 実は、剣の腕なら少々自信があったのだ。


 カキーン!――

 私は敗残兵たちのリーダー格の剣を一瞬で弾き飛ばし、その喉元に剣の切っ先をあてがった。



「覚えていろ!」


 案外簡単にならず者は退散していった。

 血を見ないで片が付くのはいいことである。


「あ……、ありがとう」


 気弱そうな少女は、小さな声でお礼を言った。


「大したことはしてないですよ。東に行くなら一緒に行きませんか?」


 放置すれば、また同じような目に遭うに決まっている。

 どうやら、向かう先も同じようである。

 私は同行を提案してみた。



「よろしいのですか?」


「……でも、食事くらいは奢ってもらえますかね?」


「ええ、喜んで!」


 少女は思った通りお金持ちの貴族だった。

 名前をシャーロットというらしい。

 戦地から無事に逃げ延びるため、男装しているとのことだった。


 私は彼女の実質上の用心棒を務め、彼女は代わりに宿代やご飯代を支払ってくれた。

 お陰でお昼から肉が食べることができ、夜は上等なフカフカの寝具で寝ることができた。

 まさにウィンウィンの関係だった。



「ねぇ、シンカーさん。良ければ私と友達になってくださいませんか?」


 ふとした時、彼女はこう提案してきた。


「ええ、私で良ければ構いませんよ!」


 私はすぐにこう答えた。

 お金持ちの貴族と繋がるのは悪いことではない。

 この旅の同行自体も、そういった社会的な下心がないでもなかったからだ。


 私達は時に楽しく会話しながら、肥沃な農耕地帯であるファーガソン地方を東に抜け、ソーク地方を経由して、オーウェン王国の本領へと入ったのだった。




◇◇◇◇◇


 私達がオーウェン王国の王都シャンプールに入ろうとしたところ。

 大きな関所で衛兵に止められた。


「待てぃ!」


 ……厄介な手合いか?

 関所は通行料以外に、賄賂がいる場合があったのだ。

 しかし、それにしては様子が変だった。



「……あ、あ? 貴女様は!?」


 私の隣にいたシャーロットを見るなり衛兵は慌て、そして恭しく跪いた。


「シャーロット王女殿下! ご無事だったのですか? このことはすぐにお城へ連絡いたします。ささ、こちらへどうぞ!」


「……うん、ご苦労!」


 ……ぇ?

 王女殿下ですって?

 私は思わず目を丸くする。



「お供の貴様もついて来い!」


「……は、はい」


 私達は、関所の中にある貴賓室に通された。

 すぐに王都から、近衛隊長を名乗る大柄なオルコックという男がやってきた。



「殿下! よくぞご無事で!」


「うん、ここにいるシンカーのお陰で無事だ。オルコックからも礼を言ってくれ」


「はっ! シンカー殿、此度のこと後であつく恩賞を与えようぞ!」


 立派な髭を蓄えた大男がお礼を言ってきた。


「あ、ありがとうございます」


 その後、侍女たちが沢山詰めかけ、殿下のお召し替えとなった。

 汚い格好で城下に入らないようにとの計らいだそうな。

 そして私には、恩賞として金貨50枚が下賜された。


 私は一抹の寂しさを覚えたが、もう自分は用無しと考え、その場を去った。

 王都シャンプールの空を見上げると、蒼く澄み渡り、渡り鳥が沢山舞っていたのだった。




◇◇◇◇◇


 王都シャンプールには沢山の店が並ぶ。

 三つの連合王国の首都ゆえ、その活気は並みではない。

 私は行きつけの宿屋であるラガーに立ち寄った。


「親父! 部屋はあいているか?」


「へぇ」


 私は今夜泊る部屋を確保した後。ロビー横の食堂の席についた。

 メニューを開き注文をする。

 ご褒美で金貨も貰ったことだし、今夜は大盤振る舞いだ。

 馴染みの店ということで、ポコリナもご機嫌だ。



「おまちどうさま!」


「ポコ~♪」


 メイドさんが持ってきたのは、若鳥の香草焼きに鮭のムニエル。

 美味しそうな香りが鼻腔に広がる。

 私はポコリナと争うように料理を食べた。


「御馳走様!」


 私はお代を払った後、部屋でごろんと転がった。

 自宅は無いでもないが、納屋同然のあばら家だ。

 暫く、ここで三食昼寝付きの宿屋生活を楽しむつもりだったのだ。



 そんな生活が二週間たった夜。

 王宮から装備の整った衛士が二人やってきた。


「シンカー殿、明日、王宮に参内されたし!」


 言葉少なめに用件を伝えると、彼らはそそくさと帰っていった。



「シンカーの旦那、なにか悪い事でもしたんですかい?」


 宿屋の親父であるラガーが心配してくれる。


 ……うーむ。

 お礼は貰ったしなぁ?

 なんだろう?


 私は翌朝、朝飯を食べて洋服屋へと向かう。

 少しはマシな格好でいかないと失礼だと思ったからだった。




◇◇◇◇◇


「シンカーというものですけど?」


 王宮の門前、門を守る衛士にそう告げただけで、中から人がやってきて、奥へと案内された。


 流石は王宮。

 見たことのない調度品や絵画などが、廊下にもたくさん飾られていた。

 足元の床はフカフカの絨毯。

 少し歩くのも憚られた。


「シンカー様をお連れしました」


「入れ!」


 私はとある部屋に案内された。

 目の前のテーブルにいるのは、えっと確かオルコックさんだっけ?


「シンカー君、座り給え」


「はい」


 私は席を勧められ、木でできた上等な椅子に座った。

 目の前のテーブルには、上等そうなお茶が運ばれてくる。



「王女殿下、いや女王陛下がな。君を護衛騎士に任じたいというのだよ」


「……、はっ?」


 この世界。

 傭兵風情が騎士に取立てられることは、極めてまれなことで、いわば平民にとってゴールに近い待遇であった。


「わしは反対したのだがな。陛下のたっての仰せだ。有難く拝命しろ!」


「はっ! 有難き幸せ!」


 私は慌てて跪き、任命書である羊皮紙を拝領した。



 こうして、私は晴れて騎士になった、……らしい。

 私は宿に帰り、ラガーの親父に報告。

 ちょっとした小さなお祝いパーティーを開いてもらった。


「シンカーの旦那、騎士となったからには家を買わねばなりませんな。あと従者も雇わねば!」


 ……そうだった。

 確かに、あばら家暮らしの騎士とかありえないよな。


 あと従者か?

 私の知り合いにマトモそうな奴なんかいないぞ!


 こうして、私の前途多難な騎士生活が始まったのだった……。

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