チル

水星とチル

 あたしはチル

 水星生まれ

 水星人と地球人のハーフ

 

 水星の人口は10億

 種族は犬族66%、梟族22%、虎族5%、その他7%らしい

 インターネットアーカイブの海で探したら、そう出て来る

 

 地球人が水星にはじめてやって来たのは221年前

 地球人は、か弱く、すぐに死んでしまう脆い生き物

 水星の環境下では、3日と命が持たない

 宇宙服という特殊な服と、宇宙船の中の快適な環境が維持出来ないと、すぐに死ぬ

 

 あたしは、当時未だ生まれていなかったから、インターネットアーカイブの海の情報と、紙の書籍、人からきいた伝聞でしか知らないけれど、地球はあまりに文明レベルが低く、遅れていたらしい

 

 宇宙船は旧型のエンジン、外装や内装に使われる素材の強度も低く、ワープ航法も 確立出来ていなかった

 地球人の身体は脆く、あまりに弱い

 だのに、水星までやって来た

 1億5000万㎞の宇宙を旅して

 捨て身みたいなものだ

 

 当時、地球の文明レベルが低いことは太陽連合ではよく知られた話だった

 太陽連合は太陽を中心とした太陽系の惑星と月の星際平和組織のこと

 地球を保護区に指定して、侵略や交流を禁止していた

 理由は、尊い自然があるからだとしているが、本当のところはわからない

 地球は資源も豊富な星だ

 

 噂では、地球は太陽連合と繋がっていて、影響力を持った重鎮が地球に住んでいるのではないかという話もある

 実際のところはわからない


 地球は、ずっと未開の地だった

 住むことも許されない

 理想郷だったのだ

 

 地球には素晴らしい文化がたくさんある

 アニメ、ゲーム、漫画、映画、小説などのエンターテイメントが豊富で、芸術も盛んだ

 偵察隊が持って帰って来る地球文化は、インターネットアーカイブの海から流れ出て、当時の水星人を陶酔させたという

 

 地球人と水星の交流は当時少なかった

 時々、地球人が水星に来ては、すぐに死んでいった

 か弱い地球人を見兼ねて、地球人を養う水星人もいた

 どうすれば地球人を生きながらえさせられるのか、当時の水星人にとって地球人を育てるのが流行っていたらしい

 

 地球環境を再現した部屋に地球人を入れる研究機関もあった

 地球人は部屋の中では生きていけたらしい

 

 水星人は地球に強い関心を抱き、地球の文化をこよなく愛した

 

 中には、地球人と子供を為したものもいた

 地球人に恋をしたのだ

 

 今日においても水星人と地球人のハーフは希少で、10人程度しかいない

 

 あたしの父は地球人だ

 母は、父と恋に落ちて、あたしをつくった

 

 24年前のことだ

 あたしは24歳だ

 

 父が水星に来たのは31年前

 名はレミンといった

 ヨ大陸の出身だときいている

 

 父は弱弱しい地球人だった

 父も強化人間手術を受けたが、不完全だった

 弱弱しい地球人の部分が残っていた

 後遺症として、右腕と後ろ首が赤黒い色に変色していた

 少しは強化されているが、水星で快適に暮らせるレベルではなかった

 生きていけないというわけではないが―

 

 そもそも強化人間手術の成功確率は0.0001%ほどしかない

 だいたいが死ぬ

 不完全でも強化出来れば、かなりいい方だ

 出来たとしても、強化と呼ぶには程遠かったり、後遺症で日常生活を送るのが困難となったりもする

 宇宙探検の基準を満たすレベルの強化が出来る確率は30%ほどだ

 

 宇宙船に乗って水星にやって来た父を母は、物珍しく思っていただけだった

 母の名はリリ

 

 父は水星を探索しに来たらしい

 水星の文化、生物を観察、研究しに来た

 父は探検家なのだ

 

 水星には、絶滅危惧種の水龍が住んでいる

 平均寿命は1万年といわれている

 脳に直接話しかける能力でコミュニケーションを取っている

 巨大な龍だ

 空を飛び、水中を泳ぐ

 

 水龍は、水星人が文明を築き兵器を開発するまで、敵なしだった

 水星では食物連鎖の頂点に君臨していた

 けれど、1100年ほど前、水龍を狩ることに成功すると、100年ほど乱獲されていたらしい

 テレパシーや長寿の研究に利用されていた

 今だにテレパシーも長寿の謎も解明されていない

 肉体は美しく宝石にも、武器にもなり、高値で売れた

 一時期は権威の象徴ともされ、皮や肉、骨が飾られたりもしたらしい

 

 父は、水龍に興味を持っていた

 

 母は父の事は嫌いだったらしい

 母は、弱い地球人を毛嫌いしていた

 

 父は無茶な探検ばかりしては、怪我をし、身体を壊していた

 母は、そんな父を嫌いながらも、放っておけなかった

 今にも死んでしまいそうな父を、みていられなかった

 無茶ばかりするのだ

 母は、父が怪我をして身体を壊してきては、面倒をみていた

 

 父は、当時死亡率が40%、重軽傷率が50%を超えるワープ航法を改良し、大幅に死亡率と重軽傷率を下げた

 ワープ航法は、原因不明の現象が多く、研究されている

 身体が溶けたり、一部がなくなったり、人の姿でなくなっていたり、兎に角気味の悪い現象が起こることが殆どだった

 父は宇宙船とワープ航法を改良し死亡率を1%に下げ、重軽傷率を30%に、引き下げたのだ

 その功績が称えられて、水星からも、太陽連合からも表彰されている

 

 父には不思議な魅力があった

 もの静かだか、探検熱心で、内には情熱を秘めていた

 どうしようもないくらいに優しく、博愛的な人だった

 父は優しすぎたのだ

 

 母は次第に父に惹かれていった

 

 2人は恋に落ちて、結婚した

 水星で結婚式を挙げた

 

 その1年後、あたしが生まれた

 

 あたしは父が大好きだった

 12歳になった時、母を残して水星を飛び立った

 探検に出たのだ

 

 母は涙をみせなかった

 けれど、あたしは知っている

 とても悲しんでいたこと

 寂しそうにしていたこと

 

 その2年後、父は音信不通になった

 水星政府によると行方不明になったらしい

 

 あたしは、地球に憧れていた

 父の生まれ育った地球

 いつか行ってみたいと願っていた

 

 父は小さなころ、よく地球の話をしてくれた

 自分の目で地球がみてみたかった

 

 働いた

 お金を稼いで、貯金して、株を買って資産を蓄えた

 地球へ行くのだ

 

 あたしは18になった時、地球へ旅立った

 母を残して

 

 母は、あたしを快く送り出してくれた

 この時は未だ、地球が楽園だと思ってた

 まさか、あんなことになるなんて、思ってもみなかった

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