エピローグ

 八階の研究所にあるセルの研究室に向かうと、部屋の主は相変わらずコンソールと向き合っていた。


「え~、断っちゃったの? 前代未聞の出世ルートだったのに、良かったの?」


 参謀総局への移籍の話を断ったことを伝えると、セルは思った通りに驚いた後、やはり思った通りにファルの決断を肯定してくれた。


「まぁでも、ファルは遠征軍向きの性格してるしね。また一緒に仕事ができて嬉しいよ、ファル」


「ありがとうございます、セル」


 暖かい言葉を贈ってくれたことに感謝を述べると、それをセルは笑顔で聞き咎めた。


「もうその堅苦しい言葉遣いは止めようよ。私はもう、君と階級同じなんだし」


「え?」


「大尉から軍曹に一気に降格しちゃってね。前代未聞の降格だよ」


 あっけらかんと笑ってみせるセルに、しかしファルの表情は暗い。何せ自分のわがままに巻き込んだせいで降格させられてしまったのだ。


「すみません、セル。私のせいで……」


「いやいや、普通なら銃殺刑でもおかしくないことしでかしたんだから、これはむしろファルのおかげだって」


 ベヒモスを破壊したことで、総督への背信行為には最大限の温情が与えられ、軍籍を剥奪されることもなかった。それは何もファルだけで成し遂げたことではない。セルのサポートもあったし、身体を貸してくれた人がいたからこその功績だ。自分のおかげとセルに胸を張れるほどの厚かましさは、持ち合わせていない。


「あぁそういえば、今後のネクロマンサー計画については総督から聞いた?」


 俯くファルに、セルは思い出したように訊いた。


「助手が一人付くことになるんだって。今日ここに来る予定らしいよ」


「そうなんですか……」


 助手ということは、セルと同じ研究員だろうか。いずれにせよ、現場で死体に入ることになるファルとしては、サポート役が一人増えるだけのことだ。


 研究室のチャイムが外から鳴らされた。それを聞いたセルが、「あ、来たかな」とコンソールを叩いて、スライドドアが開く。


 研究室に入ってきたのは、一人の少年。遠征軍らしい背丈と屈強な体格の上に、見慣れた迷彩柄の戦闘服を着ている。白髪と碧眼は何となしに見覚えがあって、それを認めて固まるファルの方を、少年は緊張の面持ちで見つめている。


「ようこそ。せっかくだから、自己紹介を頼めるかな?」


 セルが促すと、少年はぎこちない動作で敬礼をして、そしてやや訛った連邦共通語を紡いだ。


「本日から配属になりました、カイト・リースです。えぇっと……旧レムナリア共和国から、来ました」


「はい、どうも。じゃあファルも、自己紹介を」


 おぼつかない自己紹介に、ファルは立ち上がって駆け寄った。


「か、カイト……カイト!」


「あぁ、その反応やっぱりファルか。ほんとにちっちゃいな」


 レムナリアの言葉で苦笑を返したカイトに、ファルは紅潮した顔で恥ずかしげにもじもじする。


「あの、えっと……な、何でここに? ていうか、配属って?」


「さっき言ったでしょ。助手って、カイトのことだよ」


 セルが応じた。


「ネクロマンサー計画に関わった人間で、しかも部外者だからね。口封じの殺処分を避けることができるし、ファルと組んでてノウハウもある。そりゃ引き抜くでしょ」


 どうやらカイトを助手として採用したのはセルらしい。遠征軍では現地人を雇用することも珍しいことではないが、母艦に乗せるような職種で雇うなんて前代未聞ではないか。


「私達のやらかしはそれなりにでかいけど、功績も相応に大きいってことだよ。総督もそれを認めてくれたから、カイトを被験者として採用することを許可してくれたんじゃないかな」


「総督の意向、なんですか……」


 堅物の叔母がそこまで許してくれる辺り、セルの言う通りなのかもしれない。


「でも、カイトは良かったんですか? せっかく自由の身になれたのに、また軍に入るなんて……」


 もう徴兵される謂れはない。彼らを虐げていたレムナリアの政権は倒れたし、難民達の町は連邦軍が守っている。そこにいれば、カイトはもう戦う必要なんてないのだ。


「今さら他の町に移住するのも面倒だし、かといってレムナリアの連中と働くのも嫌だしな。向こうもどうせ雇ってくれないだろうし」


 差別という言葉で片付けられない虐殺を知ったレムナリアの人々の中には、これまでの行いを反省する者もいれば、依然としてカイトのような人々をダニ呼ばわりして嫌悪する者も大勢いる。前者は難民を腫れ物のように扱い、後者は相変わらず、あのピザ屋の店主のような差別を続けているというから、カイトの思うところも一理ある。


「それなら勝手知ってる奴と一緒に働いた方がマシだろ? だから、セルの誘いに乗ったんだ」


「ファルとは身体の相性も抜群だしね」


 冷やかすような言葉でセルが続くと、ファルは顔を赤らめた。


「もうそれは良いですって!」


「いやいや、大事なことだよ? ベヒモスを倒せたことからして明らかでしょ」


 それはそうかもしれないが、その発言で冷やかされるのは反応に困る。


 ばつの悪いファルは状況を打開すべく、気になっていたことを訊いた。


「またカイトの中に入るんですか?」


「そういうこと」


 セルは頷いて続ける。


「今後はレムナリア国内で実験を進めていくよ。あそこは問題が山積みで治安も最悪。実験にはもってこいの環境だからね」


 政権が連邦軍に打倒されてからのレムナリアは、それ以来セルの言う通りの有り様だ。旧政権の支持者が抑え付けていた左派勢力の声が大きくなり、今やレムナリア人同士で諍いが起こっている。それで難民に憎悪が向きにくくなっているのは、不幸中の幸いといったところか。


「そういうわけだから、とりあえずファルも自己紹介しとけば? ちゃんとしてないでしょ?」


 セルに促されて、そういえばそうだと思い出す。初めての連邦国民以外の知り合いへの、改まった挨拶。ファルは微かに顔を赤らめながら、ビシッと直立不動の敬礼をカイトに見せた。


「連邦遠征軍第三軍団所属の、ファルブリア・ファルネーゼ軍曹です。よろしくお願いいたします、カイト」


 カイトが見せた笑みにつられて、ファルも気恥ずかしそうに笑った。

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ネクロマンサーは生者と躍る グッドウッド @goodwood

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