第48話 戦禍の先へ
ノーマン海岸の空は鉛色の雲に覆われ、今にも降り出しそうな気配を漂わせていた。あの雲から降るのが雪なのは、海から吹き付けてくる肌を刺すような風の冷たさで、カイトも分かっていた。
大ソリスの頃には憧れでしかなかった雪も、今となってはすっかり見飽きてしまって、心躍るものではなくなった。むしろ邪魔でしかない。車は使えないし、歩くのも一苦労。何よりレムナリアの寒さは、温暖な大ソリス出身の身には堪える。
「また寒くなってきたな。ったく、冬なんてなくなってくれれば良いのに」
枯れた芝生の上に置かれた墓石の前までやってきたカイトは、そんな言い慣れた愚痴をこぼすと、墓石の前で屈んで、白ユリを包んだ花束を置いた。
「もう雪合戦で騒ぐような歳じゃないし、それにやる相手もいないしな」
寂しさを湛えた顔でそう笑いかけて、カイトは辺りを見渡す。同じような墓石が、この一帯には二〇〇ばかり並んでいる。元々土地だけは無駄にあった、海岸脇の小高い丘。町の人全員分の墓を作るのも、場所にだけは事欠かなかった。
一ヶ月前に終結した、帝国による侵攻。その始まりとなったノーマン海岸に、カイトの立ち入りが許可されたのは、昨日になってのことだ。それまでここに出入りできたのは連邦軍だけで、この一面に広がる墓も彼らが作ってくれたものだ。
旧レムナリア共和国を一日足らずで占領した連邦軍は、それから一週間と経たずに共和国政府の悪事を白日の下に晒した。難民である大ソリス出身者への市井での差別に、戦時の強制的な徴兵、督戦隊による監視と殺害。そしてこの町で起こった住民の虐殺が、政府主導である決定的な証拠が出ると、レムナリアの国民にも被害者のような振舞いをする者はいなくなった。
「この町は相変わらず監視されたままだ。他の難民の町もそうらしい。野暮な話だろ?」
土産話がてらに、カイトは墓石に向かって話しかける。
帝国が引き上げてレムナリアが連邦の占領下に入ってから、軍の徴兵されていた難民は全員解放されて、住んでいた町に帰っていった。彼らの身の安全をレムナリアの国民から守るという名目で、難民の町には連邦軍が配備されている。
「お前に言われた通り、俺は生きるよ。お前や、みんなの分も、ずっと生きていく」
墓石に触れて、笑いかける。機械のエレンが告げた、彼女の思い。カイトは思いを新たに応えると、立ち上がった。
「もう行くよ。またな、エレン」
そう告げたカイトの背中に、海からの潮風が吹き付けた。潮の香りを纏った、冷たい風。背中を押すようなその風に振り返って笑みを返すと、丘を降りていった。
久しぶりの町の景観は随分と様変わりしていた。疎らに建っていた家は焼け落ちて、壁には銃弾が撃ち込まれた痕が残っている。平地にはベヒモス建造のために均され、稼働した時に付けられたであろう巨大な足跡が今も深々と刻まれている。
共和国軍による虐殺の痕跡と、帝国の占領の痕跡が残る町。取り囲むフェンスは相変わらず残ったままだが、検問所には連邦軍の兵士がいて、監視の目は町の外に向いている。
カイトがやってくると、検問所から兵士が出てくる。腰に拳銃を提げた連邦の兵士は、カイトが差し出した身分証を受け取ると、それを一瞥してから、
「次の便までまだ時間がある。もう少しいても構わないが?」
「花は供えてきたから、もう大丈夫です。ありがとうございます」
兵士は頷いて身分証を返した。カイトは受け取って一礼をして、検問所を潜って町を出た。
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