第49話 ファルネーゼ

『皆様、今からダニの駆除をお見せします。是非参考にしていただければと思います』


『うるさいなぁ。何だそれ、子供か? 良いよ、さっさと叩き殺せ。黙らせろ』


『老人なんか殴って殺せば良いだろ。弾の無駄遣いだ』


『ご安心ください、閣下。使っているのは使用期限が近い弾です。まだいくらでもありますよ』


『ショットガンを使おう。横に並べて、何人死ぬか挑戦してみろ』


『やぁ、みんな。遅くなって済まない』


『大統領閣下、お待ちしておりました』


『お楽しみだったかな? 将軍、それは?』


『この教会の女です。もう死んでますが、ダニにしては良い身体をしていましたよ』


『あぁ、君達も好きだね。他の兵士達もこんな調子か?』


『えぇ。浮気にならないか気にしている者もいましたが』


『ダニに恋心なんて抱けないだろう。ダッチワイフだとでも思って楽しめば良いさ』


『イエッサー!』



 首都を制圧した部隊から証拠品として提出された動画に、ヴィクトリア・ファルネーゼ総督は最後まで目を通すと、不愉快な達成感に重苦しいため息を漏らした。


 制圧から一ヶ月。レムナリア共和国という国は消滅し、海の向こうにある地域は名無しの占領地域に変わった。


 対帝国・対諸侯連合という二つの利害が一致して依存していた連邦の唐突な裏切りに、レムナリア共和国政府は呆れるほどあっさりと陥落し、その後各地の共和国軍も大した抵抗も見せず武装解除に応じた。それと時を同じくして、軍が占拠したデータセンターから全ての動画データが回収され、軍と政府関係者のアカウントに紐付いた動画が精査された結果が、たった今目を通した動画だ。


 合同会議という名目で開かれた二時間のウェブ会議の動画の内容は、常人であれば見るに堪えないものだった。帝国軍の上陸地点であったノーマン海岸沿いの町。そこで繰り広げられた、現地に住む大ソリスの難民への暴行と虐殺。女子供を問わず銃撃され、道に転がった死体を虐殺に関わった兵士がゴミのように引きずる光景が、何度も映し出される。兵士が楽しげに子供を銃撃し、少女を暴行する様を、カメラ越しに共和国の将軍や大統領が映画でも楽しんでいるかのように鑑賞し、それを肴にメタンハイドレートの活用方法について語らい、カメラの向こうの兵士にああしろこうしろと指示を出して実行させ、物笑いの種にする。そんなおぞましい光景が、二時間に亘って収められていたのだ。


 疲労を滲ませるため息とともに、総督が水を呷ると、そこで執務室のドアがノックされた。


「入れ」


 許可を受けて、ファルがドアを開ける。まっすぐにデスクの前まで来ると、恭しく敬礼をした。


「座って良いよ。飴あげる」


「え? あ、はい」


 戸惑い気味に、ソファに座る。総督が向かいに座って飴玉を差し出すと、ファルは大人しくそれを受け取る。


「あの、用件は?」


 ここへ呼んだのは総督の方だ。大事な話があるからと、時間まで指定して呼ばれただけに、ファルは私的な場にしたにもかかわらず緊張の面持ちだった。


「お前の今後の身の振り方についてだけどね。色々考えたけど、やっぱりお前を参謀総局には推薦できないよ」


 作戦成功から先週まで、セルと二人で謹慎処分を受けていただけに、とっくに覚悟はできていたのだろう。ファルはショックを受けた様子を見せることもなかった。


「私としてはここで話は終わりなんだけど、計画の成果自体には参謀総局の偉いさんも喜んでてね。お前さえ良ければ、参謀総局で引き受けても良いってさ」


「そうなんだ……それって、辞退させてもらえるの?」


 初めてこのソファに座った時なら、きっと飛び跳ねて喜んだことだろう。だが姪の心境には、何か変化があったらしい。


「できるよ。二度とこんな機会ないと思うけど、それでも良いの?」


「良いよ。辞退する」


「分かったよ。じゃあ、お前は第三軍団に残してやる」


 といっても、今のファルはどの部隊にも所属していない。ベヒモスを倒し、逆転勝利をもたらした功績こそ立派だが、総督の命令を無視した危険分子という見方が将官の間での専らの評価で、どの部隊も受け入れたがらないのが実情だ。


「お前にはネクロマンサー計画を引き続き手伝ってもらう。参謀総局はこの計画に、追加の予算を出してきたからね。連中に恩を売る良い機会だよ」


 デスクに備え付けの電話が着信音を鳴らした。それを聞いた総督は立ち上がって、


「用件は以上。下がって良いよ」


「あ、うん……失礼します」

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