第46話 別離
「え……?」
擦れた声を、ファルが漏らす。拳銃を拾ったエレンは、カイトの身体を仰向けにすると、胸ポケットをまさぐって、リジェネレータのアンプルを取り出す。そして針を突き出させると、それを躊躇いもなくカイトの心臓に突き刺した。
「あっ……!」
流し込まれたナノマシンが、右胸と手首の損傷を修復し、痛みを拭い去る。脱力したカイトが床に倒れると、エレンは拳銃を手にしたまま爆弾へ向かっていき、そして起爆ボタンを押した。
「これで良いんだよね?」
振り返ったエレンが訊いた。人間的な笑みを浮かべるメタノイドに、ファルが身体を起こす。
「あなた、まさか……」
「ありがとう、ファルネーゼさん。カイトを守ってくれて」
安堵したようなその声に、ファルは確信した。メタノイドではない。機械の身体に閉じ込められていたエレンの魂が、自分の意志を取り戻したのだ。
「エレン!」
喜びの声を上げたのはカイトだった。その彼の目の前で、エレンは崩れ落ちる。
「おい、エレン! しっかりしろ!」
駆け寄ったカイトが、エレンの身体を抱き起こす。目を開けたエレンは、ばつが悪そうな苦笑を見せた。
「ごめんね、カイト。カイトのこと、殺そうとしてた」
「もう良い。もう良いんだ! お前が生きててくれれば……」
「私はもう、死んだんだよ。だから、ここでお別れ」
笑いかける。穏やかな笑顔。寂しげで、それでも嬉しそうな、静かな笑み。
「何で……一緒に、逃げよう。今度は絶対、お前のこと守るから!」
「この身体は帝国のものだから、きっとまたカイトを殺そうとするよ。だから、駄目」
「駄目なもんか!」
声を荒げて、俯く。カイトの頬を、エレンは優しく撫でた。
「泣き虫カイト」
カイトが流した涙を、指先で拭う。笑いかけてくるエレンに、カイトは顔を上げた。
「生きて、カイト。私はもう死んじゃったけど、カイトには生きててほしい」
「エレン……」
カイトはエレンを抱きしめた。血を通わせ、内臓まで作り込まれた、機械の身体。消えない温もりを抱きしめ、カイトは涙を流す。
「ごめん、エレン。お前のこと、守るって言ったのに、守ってやれなくて。ごめん! ごめん!」
後悔の念を叫びながら、カイトは何度も謝る。震える身体を抱き返して、カイトの頭を優しく慰撫する。
「ねぇ、ファルネーゼさん」
エレンが呼びかけた。縋るカイトの身体を借りて、ファルは向き合う。
「名前、教えてもらえる?」
「ファルブリアです。ファルブリア・ファルネーゼ。ファルと呼んでください」
「じゃあ、ファルにお願い。カイトを守ってあげて。私にはもう、この子に何もしてあげられないから」
寂しげな表情でそう言ったエレンに、力強く頷く。
「約束します、エレン。カイトは、私が必ず守り抜きます」
その言葉に安心したように笑みを浮かべたエレンは、次の瞬間表情を変えて、拳銃を横に向けて引き金を引いた。
奥から出てきたメタノイドが銃弾に貫かれ、倒れる。高周波ナイフを手にした集団。なりふり構わず、束になって向かってくる。
「行って、ファル。早く!」
メタノイドの急所を撃ち抜きながら、エレンが叫ぶ。ファルは予備の弾倉を置いて、ドアへ向かって走り出す。
「さようなら、エレン」
カイトがそう言って涙を拭い、そしてファルに身体を預けた。
銃声の響く空間を出て、通路を逆走する。立ち塞がるメタノイドは高周波ナイフで刺し貫き、或いは躱して突き進む。
やがて開きっぱなしのドアから外へ飛び出すと、左右に目を向ける。ベヒモスの進行方向を確認すると、反対方向へ走り出す。
(ネクロマンサー、急げ。時間がない)
「了解!」
急かす総督に声を張って返し、アンプルを取り出す。通路の端まで辿り着くと、そこで思いきり踏み込んで、跳んだ。
(おいマジかよ!)
カイトが叫ぶ。九〇メートル下の地上へ、まっすぐに落ちていく。両足を泳ぐようにばたつかせながら、アンプルの針を出す。
そして地上が目前に迫った瞬間、ファルはアンプルを心臓に突き刺し、地面に叩きつけられた。
両足からの衝突。全身の骨が砕け、内臓は潰れ、四肢が吹き飛ぶ。呼吸などできるはずもなく、酸欠に苦しむこともできず、痛みすらも感じない。擦れていく視界が空を向いたその時、リジェネレータが手足を再生し、臓器を修復し、呼吸をさせた。
完全回復と同時に、ファルは起き上がって、走り出す。大通りをベヒモスと反対に進み、地下鉄の入り口を見つけると、そこへ向かって全速力で駆けていく。階段に差し掛かったその時、背後からけたたましい炸裂音と獣の断末魔が背中を殴り付け、爆風の勢いを借りて階段を飛び降りた。
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