第43話 再会
(ここで間違いありませんね)
背嚢を床に置いて、電磁小銃からライトを外す。黒い箱を取り出すと、側面のパネルをライトで照らす。
(ネプチューン、安全装置の解除コードを)
(6324119だ)
伝えられた通りに解除コードを入力すると、甲高いアラーム音とともに、電子ロックが解除される。
(安全装置の解除を確認。起爆装置を作動します)
(了解。起爆までは五分しかない、速やかに脱出しろ)
(了解!)
ボタンを押そうとしたその時、視界が白んだ。怯んだファルは目を開け、照明が点いたのを認め、天井を仰ぐ。
吹き抜けの高い天井から降り注ぐ人工の光。血管のように張り巡らされた電線。悠然とした足音に振り返ると、そこに見知った顔があった。
「エレン……」
カイトが思わず声を漏らす。三〇〇年前のものと同じ、帝国軍の青い軍服を着た白髪碧眼の女性。その顔には人間的な歓喜を湛えた笑みを浮かべ、親しげな目でカイトを見つめる。
「来てくれたんだ、カイト。待ってたよ」
エレノア・バーンズの皮を被ったメタノイドは、彼女の人格を閉じ込めた集積回路から、そんな愛おしげな言葉を紡いだ。
「ファルネーゼさんも一緒かな? あなたは、少佐さんの子供かな?」
「えぇ、そうです」
カイトの身体を借りて、ファルが応じる。
「そっか。話は聞いてたけど、こんな形で会えるとは思わなかったな」
まるで友人との再会を喜ぶような、そんな穏やかな声色のエレンは、続けて機械的な要求を突き付けた。
「じゃあカイトを置いて、消えてくれないかな? 私はカイトを帝国に連れていくの。あなたは駄目だよ? 連邦の人間は駄目だって、皇帝陛下に言われてるの」
蔑むようなその目に、ファルは毅然と突っぱねる。
「カイトは渡しません。このベヒモスも、破壊させてもらいます。自分を殺した人工知能の言いなりになる必要なんてありませんよ。目を覚ましてください、エレンさん」
機械の牢獄に閉じ込められた魂に訴えかけるファル。
しかしエレンは、小さく首を振った。
「違うよ、ファルネーゼさん。帝国は私の恩人だよ。私を殺したりなんかしてない」
聞き咎めたファルが、怪訝な顔を浮かべる。
「私を殺したのは、レムナリアだよ」
「え……?」
声を漏らしたのはカイトだった。エレンは表情を変えることなく、続ける。
「レムナリアの軍が私達を殺したんだよ。小父さんも、小母さんも、教会の子達も、みんなね」
「そんな、馬鹿な……」
「信じられない? じゃあ、証拠を見せてあげるよ」
エレンがそう言うと、壁に取り付けられたディスプレイに電力が供給され、映像を映し出す。
ファルはディスプレイの方へ向き直った。流れている映像は、草むらを走る光景。逼迫した息遣いの裏で、銃声と悲鳴がそこかしこから聞こえてくる。
(記憶映像だね)
セルが言った。記憶のデータ化技術を基に作られた、視覚と聴覚で得た情報の再現技術だ。エレンの記憶から生成されたものだということは、すぐに察しがついた。
映像の中で、エレンが顔を上げる。茂みの向こうに見えるのは教会。その手前には子供が倒れていて、そこにカイトが着ているものと同じレムナリアの戦闘服を着た兵士が、レムナリアの自動小銃を手に近付いてくると、子供の首に銃弾を撃ち込む。
『止めて! お願いだから止めてよ!』
悲痛な叫びを上げて、エレンが茂みから飛び出す。レムナリアの兵士は銃口をエレンに向けて、躊躇いも見せず発砲し、視界が転がる。苦しそうに呻くエレンは、襟を掴まれて仰向けにされると、曇り空を背にして卑しい笑みを浮かべる兵士が視界に飛び込んでくる。
(クズどもが……)
カイトの目を通して映像を見ている総督が、吐き捨てるように言った。服を剥ぎ取ろうとする兵士に、声にならない泣き声を上げて必死に抵抗するエレン。痺れを切らした兵士が拳を振り上げ、何度も殴打すると、視界の半分が暗転し、悲鳴が潰れたような息遣いに変わった。
『ダニのくせに暴れんじゃねぇよ。楽しめねぇだろうが』
横を向いた視界に、笑みを浮かべて歩いてくる兵士の姿が映り込む。ベルトを外す音に続いて、興奮を隠せない息遣いが聞こえてくると、視界が不規則に揺れ始め、そこで映像は停止した。
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