第42話 突入

「くっ……う……!」


 アンプルの中の薬液が、身体の中に流れ込む。医療用のナノマシンを含んだ鎮痛薬が心臓から全身に巡り、右足の痛みが消えていくと、切断した右足が再生し、裸足がカーゴパンツの切れ目から生えてきた。


(おい何だよこれ!)


 化け物染みた再生にカイトが慄くと、セルが安心させようと種明かしをする。


(再生医療用のナノマシンだよ。遺伝子情報を基にして、欠損部分を再生させてるの。別におかしなことしてるわけじゃないから安心して)


(十分おかしなことだろ……)


 即死すれば身体が再生しても蘇生はしない、という制約は、セルも告げなかった。必要ないし、余計な不安を抱かせるだけだ。


「行きましょう」


 額から流れる汗を乱雑に拭い、ファルは高周波ナイフを拾って走り出す。


「ネプチューン、これよりベヒモス内部に潜入します」


『了解。時間がない、急げ』


 電磁小銃を手に、ファルは通路を進む。メンテナンス用のメタノイドとドローンのために用意ざれた、手すりもない狭い通路。後方に向かって走っていくと、やがてスライドドアが開いて、メタノイドが二体迎撃に現れる。手には高周波ナイフを持ち、カイトを視認すると、刃を立てて迫る。


 刺突を躱して、銃床を薙ぐ。メタノイドの首を捉えてよろめかせ、足を踏みつけて崩し、頭に銃口を突き付けて引き金を引く。


 連邦軍の新型電磁小銃・AZ‐19は、イリジウムで作られた口径八ミリのケースレス弾を発射する。対帝国軍を見据えて作られたこの銃弾は、メタノイドの金属骨格を貫き、内部の集積回路を粉砕する。


 静かな銃声とけたたましい破壊音とともに、メタノイドが停止する。そこへ残るもう一体が、カイトの背中へ刃を突き込む。


 単純な刺突をまたも躱して、腕を掴んで引き込む。メタノイドを背負うと、上体を前のめりに倒して、投げ飛ばす。手すりのない通路のその先は虚空。メタノイドは九〇メートルの高さを落ちていった。


「よしっ!」


 ファルは開きっぱなしのドアへ駆け込んだ。ベヒモスの中は情報通り、送電線を張り巡らせた手狭な通り道。明かりもない真っ暗な道を、電磁小銃に取り付けたライトで照らして、進んでいく。


 前方にメタノイドが現れると、電磁小銃で弾き飛ばしていく。最低限の部屋と最低限の通路しかない、手狭な内部。メタノイドを目視するのは間合いが十分に離れた位置からで、しかも相手は高周波ナイフしか装備せずに突っ込んでくる。


(こいつら何なんだ?)


 地上戦とは明らかに違うメタノイドの動きに、カイトが違和感を口にする。それにファルが答えた。


(ベヒモスの内部は外部の装甲みたいに固くないから、電磁小銃なんか使えないんですよ。下手に撃って送電線を壊すと、出力が下がりますからね)


 訓練課程で学んだ受け売りだが、ここまでのメタノイドの動向からして、間違いではなさそうだ。核爆弾でも破壊できない特殊装甲が使われているのは外部だけ。内部をそこまで堅牢にしないのは、原材料が何十億キロも離れた太陽系の最果てでしか手に入らないからか、それとも内部に侵入を許さない絶対の自信があったからか。


(それなら持ってきた爆弾でこいつを倒せそうだな)


(はい。中身は木っ端微塵にしてやれますよ)


 背嚢で背負う小型爆弾は、ベヒモス破壊のために第三軍団が開発した切り札だ。十キロトンの威力を誇るこの爆弾なら、ベヒモスでも倒せるはずだ。


 一本道の通路を進んだ先で、ファルは両開きのドアに辿り着いた。


 ドアロックが解除されて、左右にスライドする。目の前に現れたのは広大な空間。暗闇の中をライトで照らすと、青く塗装された核融合炉が姿を現した。

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