第41話 侵入

(オッケー。そのエレベーターに乗ったら、三〇階を押して)


 ビルの強化ガラスを電磁小銃で吹き飛ばして、警報機の鳴り響く建物の中をバイクで進んでいき、資材搬入用のエレベーターに乗り込む。セルに言われた通り、三〇階のボタンを押すと、ドアがゆっくりと閉まった。


(五秒で着くから、降りたらホールを右に進んで、適当なドアを突き破って)


(了解!)


 エレベーターが開くと、セルの指示に従って右折する。人がすれ違える幅の通路を進んで、ガラス張りのドアを電磁小銃で撃ち破り、踏み込む。


 事務机の並ぶオフィスの奥には、ブラインドが開いたままのガラス壁。その向こうを通り過ぎていくベヒモスの背中を認めると、ファルはバイクを発進させた。


 ガラス壁に電磁小銃を向けて、引き金を絞る。旧式戦車の装甲も貫く銃弾を三発も被弾すると、分厚いガラスも砕け散る。


(ちょっと痛いですけど我慢してください!)


 吹き込んでくる風に目を閉じそうになりながらカイトに告げると、ファルはガラスの吹き飛んだ窓枠から飛び出した。


 ハンドルを放して、落下するバイクのシートを踏み台に跳躍。ベヒモスの側部に設けられた粗末な通路に跳び付き、網目の床に指を食い込ませる。


(無茶するよな、ほんとに!)


 身体の持ち主が苦言を漏らす。装甲に打ち付けた全身の痛みに、床に縋る指先の痛み。カイトが文句を言いたくなるのも無理からぬことだ。


 磁力で結合する脚と胴体から、装甲の摩擦音が咆哮のように響く。その度にカイトを振り落とそうとするかのように、脚が揺れる。


 両手に力を入れて、身体を引き上げようとしたその時だった。


(あぁヤバい! アトラクに見つかった!)


 前方からアトラクがホバリングで迫ってくる。二門の機関砲をファルに向けて、今にも掃射しそうだ。


『ヴォルバドス、排除しろ』


『了解』


 聴覚に総督の声が響き、それに男の声が応じる。


 次の瞬間、上空から降ってきた榴弾がアトラクの背中に直撃した。炎に包まれたアトラクの身体から機関砲が剥がれ落ち、ティルトジェットの片翼を失った機体が、ノロノロと近付いてくる。


「嘘でしょ……!」


 ファルは上体を通路に乗せて、左足から乗り込んでいく。宙ぶらりんになった右足のすぐ近くをアトラクが横切り、まもなく炸裂音がまた響き、衝撃と激痛が太ももに走った。


「いっ……!」


 下からこみ上げてくる痛みに、歯を食い縛る。右足を駆け抜ける波状痛に、言うことを聞かない足。どんな状況なのか、知りたくない。


(これ足どうなってんだよ! くっそ、痛い……!)


 カイトが頭の中で悶える。こんな状態で身体の主導権を渡してはならない。


『ネクロマンサー、掠り傷だ。気にせず前進しろ』


 叔母のヴィクトリアが淡々と叱咤する。嘘なのは分かる。それでも、信じるしかない。


 痛みに滲む汗を無視して、ファルは通路を這う。そして痛みに支配された右足を通路に乗せて振り返ると、視界に入った右足に息を飲む。


(何が掠り傷だよ、クソ!)


 爆発の拍子で吹き飛んだ破片にやられたのだろう。血まみれのカーゴパンツの中で、膝から下がおかしな方向に曲がり、網目の床に力なく沈んでいる。骨が砕けて肉も断裂して、皮と筋だけで何とか繋がっている状態なのは察しがつく。


 歩ける状態でないのは明白。動揺するカイトに主導権を奪われる前に、ファルは行動を起こした。


 腰からナイフを抜く。連邦軍の近接戦闘武器である高周波ナイフだ。握り込んで刃を稼働させると、カーゴパンツに突き立てる。


「ぐぅっ!」


 鉄をも切り裂く高周波ナイフが、カーゴパンツを焼き、かろうじて繋いでいる皮と筋を切り落とす。激痛と自傷でこみ上げる吐き気を飲み込んで、ファルは高周波ナイフを床に置き、胸のポケットからアンプルを取り出す。


 先端のボタンを押し込んで、針を出させる。深呼吸を繰り返して手の震えを抑え込むと、心臓目掛けて針を突き立てた。

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