第39話 ベヒモスを破壊しろ
不安を抱えつつ、セルに言われた通り倉庫へ向かう。倉庫もドアロックは解除されていて、重たい扉も簡単に開くことができた。
カイトが踏み込むと、倉庫の明かりが点灯する。ガレージほどの広さの空間には、電磁小銃に対戦車砲、弾薬に薬剤と、戦闘に必要なものが並べられている。
(ファル、準備を)
(了解です。カイト、身体を借ります)
ファルに主導権を譲ると、迷わず電磁小銃に手が伸びた。折り畳み式の銃床の中にバッテリーを差し込んで展開し、通電確認を行い、弾倉にケースレス弾を詰めていく。
(作業しながら聞いて。ベヒモスは今、現在地から南に六〇キロの地点にいて、リベルタへまっすぐに進行してる。連邦軍は空爆とミサイルで応戦してるけど、まぁ効果はないね)
ベストを着込んで、弾倉をポーチに詰めていく。電磁小銃を肩に掛けて、ホルスターを取って腰に巻く。
(連邦軍の動向は?)
(本国からの撤退許可はまだ出てないけど、地上部隊は準備を始めてる。ベヒモスの動向はガンシップと衛星から監視中)
(了解、急ぎましょう)
ホルスターに拳銃を収めて、ファルは背嚢を掴み取ると、倉庫の奥に置かれた黒い鋼鉄製の箱を詰め込み、透明の液体を詰めたアンプルを胸のポケットに五本差し込む。
「何だこれ?」
(ベヒモスを倒すための切り札と、対メタノイド用の必須アイテムです)
そう答えたファルが、背嚢を背負う。ずっしりと肩にのしかかる重量は、五〇キロは下らない。
(よし、行きましょう)
準備が整ったらしく、ファルが言ったその時だった。
扉の向こうから、けたたましい音が響いてきた。
(メタノイドだよ。数は六体。イソグサも三体来てる)
セルが物音の正体を告げる。ベヒモスの進撃で前線を押し上げた部隊が、連邦軍の拠点を潰して回っているのだろう。
(俺に任せろ。出口へ案内してくれ)
数的に不利な状況で交戦は避けたい。ファルもそれを理解してくれて、
(分かりました。最悪の場合は、私に任せてください)
(あぁ、頼む)
(セル、案内を)
(オッケー。じゃあ部屋を出て、元居た部屋に戻って)
セルの指示に従って、カイトは倉庫を出る。姿勢を低くして、足音と息を殺し、通路を戻っていく。
無機質な足音が近付いてくるのを認めて、カイトは医務室に滑り込む。這いながらベッドの裏に隠れると、ベッドの脚の間から、ジーンズを履いた細い足が見えた。
(来やがったな)
革命で粛清対象となった者達の遺児。その皮を被り、人格を閉じ込めたメタノイドが、電磁小銃を手に医務室の中を見渡す。
カイトは息を殺し、静止する。医務室に入ってきたメタノイドは一体。ベッドに向かってくるのを認めると、反対側へ這っていき、ベッドの裏を覗き込んだ隙を突いて、医務室を出ていく。
(部屋を出た。次は?)
(右手に通路があると思うから、そこをまっすぐ進んで。突き当たりのドアを開いたら、ガレージに出られる)
屈んだ姿勢で、言われた通りに進んでいく。通路に入ったちょうどその時、左手の部屋のドアが開いて、メタノイドが出てきた。
(数が多過ぎます。セル、敵の注意を引き付けてください)
(そう言われてもねぇ……)
通路脇に放置されたドローンの陰に隠れて、様子を確認する。このフロアを闊歩するメタノイドは、目視で二体。虱潰しに部屋を見て回っているようだ。
気付かれるのは時間の問題。かといって、今動けば見つかってしまう。カイトが背中に回していた電磁小銃手繰り寄せ、銃把を握ったその時だった。
(良いこと考えたわ。一〇秒待って)
妙案が閃いたセルがそう言って、きっかり一〇秒。二体のメタノイドの関心が、ガレージに通じる通路に向いたその時だった。
『――施設内に残る総員に連絡する』
頭上からセルの声が降ってきて、メタノイドの視線がスピーカーに集中する。
『作戦コード・レッドフラッグを発令する。至急、一階東通路から地下一階の緊急作戦室に集合せよ。繰り返す、至急地下一階の緊急作戦室に集合せよ』
平坦な声色のアナウンスに、メタノイド達が反応する。カイトがさっきまでいた倉庫に向かっていき、階段を降りてきたメタノイド達もそれに続く。
(カイト、今のうちに!)
(了解!)
機械的な足音に紛れて、カイトは通路奥まで進んでいく。そしてメタノイドの気配が消えると、扉を開けてガレージに出た。
(よし、そこのバイク使って。ファルなら乗りこなせるから)
横に広いガレージには、車両が三台に、細身の黒いバイクが二台。それを認めて、カイトは駆け寄る。
(さっきのレッドフラッグって何だ?)
(爆弾抱えて特攻しろっていう自決命令。ここ最近発令されたことなんてないけどね)
不穏な作戦だが、施設内の状況にはお似合いだ。メタノイドに搭載された人工知能を欺くには効果覿面だったらしい。
(よし、行きましょう!)
ファルが主導権を取って、クラッチを切る。水素電池を動力源とする電動バイクは、エンジン音が静かで、室内のメタノイドにも検知されにくい。
フルスロットルで加速し、ガレージを飛び出す。前線基地から出ようとしたその時だった。
(そっちはイソグサが来てる!)
焦った調子のセルの忠告の通り、目の前にイソグサが飛び出した。
「うわっ!」
咄嗟に車体を持ち上げ、跳ねる。青白いイソグサの機体をタイヤで踏みつけ、車道に降り立つ。
背後を取られるのは致命的。ファルはアスファルトの上で弧を描きながら、電磁小銃の安全装置を外す。
イソグサは向き直り、腹をサソリのように逆立たせている。背中に抱えた機関砲の銃身が、カイトを捉えようとしていた。
ファルはイソグサの頭に向けて、小銃を発砲した。電磁射出式独特の、部品の駆動音と電磁反応だけの静かな銃声。鳥の鳴き声にも掻き消される銃声をカイトの鼓膜が捉えた瞬間、イソグサの頭は砕け散り、重たい身体が紙くずのように弾き飛ばされた。
(早く逃げて、ファル。連中気付いたよ)
(分かってます!)
急かすセルに応じて、バイクを走らせる。前のめりの姿勢でギアを上げ、速度は一瞬にして時速一〇〇キロに迫り、前線基地からどんどん離れていく。
(近くにアトラクは?)
(この辺にはもういなさそうだよ。全部ベヒモスの護衛に回ってるね)
視界に映る空に、アトラクの影はない。セルの言う通りだろう。
ファルは遠慮なしにバイクを加速させていき、メーターは時速一四〇キロを計測している。こんな速度でバイクを乗るなんて恐ろしくてできないし、空気抵抗に今も怯みっぱなしだが、カイトの身体を操るファルは至って平常心で、ハンドルを握っている。
連邦仕込みの胆力に感服しつつ、カイトは懸案を訊いた。
(それで、どうやってベヒモスを倒すんだ?)
あの機械の怪物が如何に強靭かは、カイトも知っている。勝算あってのファル達の提案とは思うが、具体的な方法を知りたかった。
(ベヒモスの中で小型核を起爆させるんだよ)
運転に専念させるために、セルが答えた。
(ベヒモスの内部構造は大方把握してるから、動力源の核融合炉の傍で起爆させる。ミサイルの発射に使う電力も核融合炉から作ってるから、そこを破壊すればあれは完全に停止するってわけ。爆弾の威力は一〇キロトン。吹き飛ばすには十分な威力だよ)
(内部構造なんてよく調べられたな)
(君の命の恩人のための弔い合戦でね)
そう言われて、カイトはすぐに理解できた。アリッサ・ファルネーゼ少佐は部下からの人望が厚かった。戦死した後で遺された兵士達が仇討ちを狙うのも必然だ。その過程でベヒモスを追い詰め、内部に侵入した者がいたのだろう。
(ベヒモスの中に、エレンさんもいるはずです)
前を向いたままファルが言った。
(彼女を解放しましょう、カイト)
(あぁ)
空気抵抗に立ちっぱなしの鳥肌から意識を逸らして、カイトはファルとともに目の前を見据えた。
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