第38話 再起動

(――カイト、起きてください。カイト!)


 頭の中に響く声に、意識が暗闇から引き上げられる。


 目を開けたカイトの視界に映るのは、煌々と明かりを灯す照明。白い天井から周囲に目を移すと、無機質な空間に医療用の機材が並び、腕には点滴が刺さっている。


(良かった、起きた!)


「ファ、ファルか……?」


 声の相手はそれ以外にない。幼馴染を助け出すために海岸を目指して、一緒に行動してきた連邦軍の兵士。意識が判然とすると、直前の記憶が蘇ってくる。


「エレンは……」


 出くわした共和国軍の兵士に暴行されかけ、返り討ちにしたエレン。まるで別人のように無機質な笑みを浮かべた幼馴染を思い出し、悪寒を覚える。


(彼女はメタノイドでした。カイトを、殺そうとしました)


 躊躇いを飲み込んで、ファルが告げた。


「だったら、本物のエレンは……?」


 あれが機械の偽物なら、本物のエレンはどこにいるのか。その疑問にファルは答えず、


(エレンさんを助けに行きましょう。彼女を帝国から解放するんです)


「どういうことだ?」


(帝国は、メタノイドに人格データを刷り込んでいるんです)


 帝国は脳内の記憶の完全なデータ化技術を保有している。他国でも知られている、帝国だけが所有する不死の技術だ。尤も、帝国は国内でその技術を利用せず、より悪辣な手段に利用していることを、カイトは以前に教わったことがある。


「エレンの人格も、あのメタノイドに入ってるのか……?」


(彼女の言動に違和感を覚えなかったのなら、そう考えるのが自然です)


 メタノイドの外見のモデルとなっているのは、かつて帝国が周辺諸国との戦争で捨て駒として利用した子供達であり、各個体にはモデルとなった子供の人格データが刷り込まれている。アリッサから教わったことだ。


 それが如何に残酷なことか、今なら分かる。死んだ後も機械の身体に閉じ込められて、帝国の操り人形として殺戮を繰り広げることを強要される、哀れな子供達。何の咎もないエレンが同じ立場に押し込められていることを、カイトは許せなかった。


(エレンさんを解放しましょう、カイト。それが彼女を救うことのできる、唯一の道です)


 既に決意を終えているかのようなファルの言葉を、カイトは聞き咎めた。


「あいつがどこにいるのか、分かってるのか?」


(彼女はベヒモスにいます。この国が踏み潰されるところを見られる特等席なんて、そこしかありませんからね)


 アリッサとの別離の時に迫っていた、巨大な機械の怪物。そこに行けば、エレンに会える。


「分かった、行こう」


 カイトが起き上がると、主導権をファルに渡す。ファルは腕に刺さった点滴の針を引き抜いて、その先に吊るされている薬品を見咎めた。


(安楽死用の薬品ですよ。カイト、危なかったですね)


「何かの口封じのつもりか?」


(そんなところです。詳細は明かさない方がカイトのためなので、伏せておきます)


「今さらだろ、そんなの」


 苦笑したカイトは、部屋の中を見渡し、スライド式のドアを見つける。ちょうどその時、ロックが外れて、ドアが開いた。


(オッケー。ドアは開いたから、そこから出て。とりあえず装備を調達しよう)


「え、誰だ?」


 聞いたことのない声に、カイトが戸惑っていると、


(あ、ごめんなさい。ファルと一緒に極秘の任務を担当してる、セルと言います)


(せ、セル、良いんですか? カイトにあなたのことまで話しちゃって)


(別にもう良いでしょ。今さら隠すようなことでもないし)


「他人の頭の中で会話するな。うるさい!」


(あ、ごめんなさい)


 悪びれる様子もない謝罪に、ため息を漏らす。


「ていうか、お前も相性名乗ってるんじゃないだろうな?」


(分かります? 自称したらファルがこれで呼び始めてくれたから、ちょっと気に入ってるんですよ)


 こんな軽そうな奴が担当で、よくここまで生き抜いてこれたものだと、我ながら感心してしまった。


(とにかく、時間がないよ。部屋を出て左の通路の先に倉庫がある。そこで武器を揃えよう)

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