第37話 ファルの決意

 艦橋八階にあるセルの研究室を訪れると、部屋の様相はガラリと変わっていた。


 荷物搬出用のドローンが、機材を詰め込んだ箱を積んでいく。壁際に並んでいた棚は解体され、整頓された部品も箱に詰め込まれ、待機するドローンの背中に載せられている。その様子をコンソールに座って見守るセルも、トレードマークの白衣を脱いで、灰色のセーターを着た背中を小さく丸めている。


「セル……」


 傍まで歩いていって、丸い背中に声をかけると、セルは振り返って笑みを見せた。


「あぁ、ファル。起きたんだ」


「はい。あの、これは一体……」


「この研究室、閉鎖になったんだよ。ネクロマンサー計画が中止になったからね」


 寂しげなセルの顔を見て、胸が痛んだ。自分が巻き込んだせいで、セルまで咎められ、居場所を失ってしまった。そんな呵責がファルの胸中に渦巻く。


「ごめんなさい。私のせいで……」


「ファルは何も悪くないでしょ。むしろ、人としては正しいことをしようとしたと思うよ?」


 慰めの言葉が、却って胸を締め付ける。


「気にしなくて良いよ。銃殺だとか懲役だとか、そういうことにはならないからね。まぁ、遠征軍は除隊になるから、親から何言われるか分かったもんじゃないけど」


 遠征軍を追い出されれば、国防軍への転属が待っている。飛び級で遠征軍に抜擢された研究者にとっては、屈辱以外の何物でもない。両親から遠征軍入りを嘱望されていたセルにとっては、なおさらに辛いことだろう。


「ファルはこの後、参謀総局に行くんでしょ? 向こうでの活躍、応援してるよ」


 嫌味も皮肉も込められていない、穏やかな物言いのエール。友人としてできる最後の応援を、しかしファルは素直に受け取れなかった。


「友達を置いて、自分だけ参謀総局になんて行けませんよ」


 背を向けかけたセルが、聞き咎めて向き直る。


「どうせなら一緒に国防軍に追い出されましょう。その方がお互い、後腐れがないでしょ?」


「それは……何をするつもりなのかな?」


「カイトはまだ生きていますよね? 三人で任務を遂行しましょう。そうすれば除隊せずに済むかもしれません」


 叔母の性格からして、その可能性はある。規律違反を重ねたセルを処刑せずに除隊で済ませるのも、過去の功績があるからこそだし、散々命令違反を繰り返した母が大隊を率い続けていたのも、成果主義の叔母の評価があればこそ。


 それなら今回だって同じはずだ。


「もし失敗したら、その時は『私に脅されて無理矢理やらされた』とでも言ってください。そうすれば、セルが咎められることもありません」


 腰に提げてある拳銃に手をかけて、いたずらっぽく笑って見せる。それを見たセルは苦笑して、


「ファルって突拍子もないことし始めるから面白いよね」


 そう言って、コンソールに置いたリモコンを取ると、停止ボタンを押した。作業していたドローン達が一斉に停止すると、解体途中のベッドにファルを促す。


「君の見立て通り、カイトはまだ生きてるよ。収容先の前線基地に一人で放置されてる」


「ベヒモスが突然稼働したから、処置される前に撤退命令が出た、ってところですか?」


「ご明察」


 コンソールを操作しながら、セルが頷く。叔母の物言いからして、カイトが殺処分されずにまだ生存していることは予想できたが、セルのおかげで確証が持てた。


「基地には色々と役立つものが残されてるよ。武器に弾薬、リジェネレータに、ベヒモス破壊用の爆弾もね」


 任務遂行に必要な装備は一式残されている。ベヒモスの予想外の稼働に、着の身着のまま撤退したのだろう。


 ヘッドギアを装着して、ベッドに横たわる。準備は万端だ。


「収容所のロックはこっちから遠隔で開ける。ちょっと時間がかかるけど、それまでに彼を説得して。頼んだよ」


「了解です。ありがとうございます、セル」


「どういたしまして」


 視界がぼやけ始めると、ファルは目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る