第34話 メタノイド

「――え?」


 背後からの異音に、兵士が振り返る。エレンを押し倒していた男が崩れて、月明かりがその顔を照らす。


「う、うわあああああ!」


 男の顔は、夜空を仰いでいた。上半身と下半身はうつ伏せで、空には背中を向けている。首だけを一八〇度曲げて、間抜けた顔で空を仰いで息絶えていた。


 怯む兵士を尻目に、エレンは兵士を押し退け、無言で立ち上がった。さっきまで悲鳴を上げていたか弱い少女は、機械のような無表情に静かな怒りをたたえて、兵士に向かっていく。


「なんだ、こいつ!」


 兵士が突撃銃を向けて、エレンに発砲。三点バーストで腹に撃ち込まれた三発のライフル弾。普通の人間が受ければあっという間に倒れてしまうはずなのに、エレンはパーカーを血で染めながら、歩みを止めない。


「え、え?」


 そして戸惑う兵士に迫り、至近距離でまた三発撃たれながら銃身を握り、左の拳を胸に叩き込む。ぐちゅり、と肉の潰れる音とともに、細い腕が胸を貫いた。


「ば、化け物!」


 ひしゃげたような断末魔を漏らす兵士の死体から拳を引き抜いたエレンは、突撃銃を取り上げる。カイトに止めを刺すことなく遁走を図った最後の一人。その後ろ姿に銃口を向け、引き金を引く。続けざまに放たれた三発のライフル弾が背中を貫くと、兵士は倒れて動かなくなった。


(どういうこと……?)


 痛みと失血で朦朧とする意識の中で、ファルは目の前の光景に戸惑う。向き直ったエレンは、無表情のままカイトを見下ろす。


「エレン……」


 擦れた声を、カイトが紡ぐ。ぼやけていく視界に映るエレンは、やがて穏やかな笑みを見せると、傍まで歩み寄ってきて、手を伸ばす。襟を掴んだエレンは、その細い腕に見合わない怪力で、カイトを持ち上げた。


「あなた、メタノイド……」


 カイトの身体を借りて、ファルが咎める。エレンは温和な笑みのまま、


「あなたはカイトじゃないね。さっき言ってた軍曹さんかな?」


 メタノイドではありえない、情緒的な響きの声に、痛みで苛まれるファルはさらに混乱する。


「カイトの中にどうやって入ったのか、皇帝陛下が興味を持っておられるの。だから、カイトの頭の中を見せてもらうね? 大丈夫、痛くしないから」


 生気の消えた青い双眸。それを隠そうともしない、エレンになりすましたメタノイド。何のためにこんな個体が作られたのか、そんな疑問を考える余力は、ファルにはない。


「カイトを、殺すんですか……? あなたが大事に守ってきた、カイトを……」


 相手は機械。感情なんてない。それでも、エレノア・バーンズに訴えかけるように、ファルが咎める。


「死んでも大丈夫。私とカイトはずっと一緒。機械に魂を宿して、これからもずっと一緒にいるの」


 理解できない言葉を並べ立てて、エレンの皮を被ったメタノイドは笑ってみせる。


「一緒に行こう、カイト。私達を苦しめて、みんなを殺したこの国が踏み潰されるのを、一緒に特等席で見れるよ。皇帝陛下に感謝しないとね」


 襟を離して、落下しかけたカイトの首を掴み直す。気道が握力で塞がれ、呼吸ができない。


「安心して、すぐに済むから」


 指が首に食い込み、皮膚が裂け、血が滲む。酸欠と痛みの中で、ファルの意識が消えかかったその時だった。


 エレンの腕が閃光に貫かれ、吹き飛んだ。


「くっ!」


 地面に倒れ込むカイト。その頭上を光速の銃弾が過り、エレンの肩を弾き飛ばす。


 足音が三つ、静かに駆け寄る。一人がカイトの肩を担ぎ、残る二人が小銃の銃口を青く閃かせ、エレンを遠ざける。


「こちらスレイヤー1。荷物を確保した。これより撤退する」


 カイトの目を通して、ファルは集団の正体を認めた。編み込まれたナノマシンで自在に色を変える迷彩戦闘服に、見慣れた電磁射出式の自動小銃。連邦遠征軍の歩兵だ。


「アトラクがもうすぐ来る。航空支援を!」


 カイトを担いだ兵士が声を張り、走り出す。揺れる視界の中で、ファルの意識は暗闇に溶けていった。

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