第28話 悔悟の夕暮れ

「――っ」


 目を開けると、薄暗い部屋の中。カーテンの隙間から夕陽が射し込んで、鳥の囀りが穏やかな空気に運ばれてくる。


 夢の世界から帰還したカイトは、起き上がって胡坐をかき、欠伸をする。壁に掛けられた時計は夕刻を指している。彼女が頭の中にやってくるまで、まだ時間がある。


 恩人との別離を思い出したのは、彼女の娘の厚意を感情に任せて拒絶したことへの後悔からだろうか。


 ファルは何も悪くない。ただ善意で、自分のことを助けようとしてくれただけだ。彼女に咎められるような非は一切ない。


 大ソリス王国が帝国の侵攻と内乱で崩壊した時、救いの手を差し伸べてくれたレムナリア共和国は、ものの数年であっさりと手のひらを返した。理由は至って単純で、難民支援のために財政が圧迫されて、それに当時の政権は有効な手段を打つことができず、民衆の不満を追い風に今の政権が誕生したからだ。


 新政権は真っ先に難民への支援を打ち切った。医療費の支援はおろか、国営事業として行っていた自立支援も全て打ち切って、その代替として押し付けてきたのが僻地への強制移住だった。態度を硬化させる諸侯連合や、海の向こうで鎖国している帝国との境界に住まわせたのは、もしもの時の盾にでもしたかったのだろう。


 民主主義を求める同志として受け入れてくれた国からの裏切りに、カイトのような弱者ができることなんて何もなかった。むしろ今になって思えば、十五歳まで義務教育課程を受けさせたのは、そんな共和国の最後の良心だったようにすら思う。


 十五歳で町を出て、働き始めたのは万年人材不足の鉱山。機械化がまるで進まない低賃金の重労働しか、難民出身者にはありつけない。同じような境遇の人間が集まる中でも序列ができて、カイトのような学のない難民はどういう理屈か一番下に置かれ、虐げられる。反抗すれば共和国国民の監督役が制裁を加えてくるから、やられる一方。なけなしの賃金をこいつらに取られるくらいならと、ほとんど全てを町の教会に送っていた。


 そうやって三年が過ぎた頃、帝国が侵攻してきた。


「――!」


 後悔渦巻く中で、カイトは階下の物音を聞き分けた。


 足音が一つ。ゴソゴソと、何かを探しているかのような物音が、それに付随する。


 単体で哨戒しているメタノイドか、それとも生存者か。どちらにしても、相応にリスクはある。


 カイトは自動拳銃を手に取り、銃把を握り締める。深呼吸を一つして拍動を落ち着かせると、立ち上がって静かにドアを開ける。


 一階の雑貨店に繋がる階段。その向こうから、足音と物音は近付いてくる。自分から降りていく必要はない。ここで待ち伏せして、メタノイドなら迎撃すれば良い。


 足に撃ち込んで体勢を崩させて、それから間合いを詰めて目を狙う。ファルや彼女の母親がやっていたことを頭の中で思い描き、銃把を強く握り込む。


 人影が階段の前に姿を現す。スカートの下から伸びる細い足。そこに照星を向けたカイトは、自分の方を向いたその顔に、息を飲んだ。

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