第27話 幼き日の別離

 ムルス大陸は北と南で大きく横に膨らんでいて、その間を巨大な運河が分断している。


 その南にある大ソリス王国が、帝国に西半分を焼き払われて、東を連邦に侵攻され始めてから、一ヶ月が経とうとしていた。この間、連邦軍と一緒に行動していたカイトは、銃声も砲声もすっかり聞き慣れてしまって、すぐ近くで、それこそ瓦礫を一つ隔てた向こうで手榴弾が炸裂しても、平然と屈んでいられた。


「カイト、もっと頭下げて! 危ないから!」


 冷静なカイトとは正反対のエレンが、頭を覆うように抱きしめる。エレンだってこんな状況にはとっくに慣れているだろうに、いつも大袈裟だ。


「敵さんもご苦労なことだなぁ。もう仕える主もいないというのに、死に物狂いの大攻勢だ!」


 隣に身を隠したアリッサ・ファルネーゼ少佐は、楽しそうな声を紡いだ。顔には笑み、目には狂気。父の仇の王国の兵士を殺した時や、帝国のメタノイドの両目を撃ち抜いた時に見せるそれを、カイトは頼もしく思った。


「ヴォルヴァドス、航空支援を要請する。橋の東側に榴弾をくれてやれ!」


 空を仰いだ少佐が叫ぶ。


「総員、至近弾に注意! 君達も頭を低くしておけ!」


 少佐に言われるまま、カイトはエレンに抱かれたまま小さな身体をできるだけ縮こまらせる。


 まもなく、ヴォルヴァドスと呼ばれた上空のガンシップが、榴弾を撃ち込んだ。炸裂とともに地面を揺らし、瓦礫の向こうにいた王国軍の戦闘車が捻り潰され、敵兵達が吹き飛ばされる。


『こちらメタルイーグル。迎えに来ましたよ、少佐』


 カイトの耳に、無線からの声が響く。アリッサに塗られたジェルに含まれるナノマシンが、イヤホンの役割をしているのだと教えてもらった。


「遅かったな、メタルイーグル。ヴィッキーは何か言ってたか?」


『「帰ってきたら殺す」って言ってました』


「それは結構なことだ!」


 中将で作戦指揮官だという妹の立腹ぶりに、アリッサは笑う。


「よし、帰るぞ諸君!」


 生き残った兵士達に、少佐が叫ぶ。撤退路の西側から、連邦軍の人員輸送ヘリがいくつも飛んでくるのを、顔を上げたカイトが認めた次の瞬間。


 ヘリのプロペラを、頭上を通り抜けた青い閃光が貫いた。


「なに……!」


 羽を切り落とされたヘリが、次々と墜落していく。操縦席を貫かれたヘリは空中で爆発し、火だるまになって川に墜ちる。


「接敵! 帝国軍です!」


 兵士の一人が叫んだその声に、カイトは思わず立ち上がり、瓦礫の隙間から覗き込んだ。


 青白い装甲を纏った戦車に、その前を歩く小さな人影。これまで何度も見てきた帝国のメタノイドだ。数は目視で数えきれないほど。その後ろには、周囲の建物よりも巨大な影が揺れ動き、不気味な鳴き声とともに地面を揺らす。


「ベヒモスまでお出ましか。これは、いよいよ詰みかな」


 多勢に無勢。実力だけでなく、圧倒的な数的不利。初めて口にした弱気な一言に、カイトが不安を顔に出すのを認めると、アリッサは申し訳なさそうに笑ってから、撃墜を免れた最後の一機に向かって叫んだ。


「イーグル9、十メートルで良いから降下しろ!」


 電磁小銃の弾倉を替えて、首に下げていた認識票を引きちぎると、ポケットから取り出した巾着に入れて、それをカイトのズボンのポケットに押し込んだ。


「君達に私達の魂を託す。最初で最後の任務だ。任せたぞ、二人とも」


 歯を見せて笑いかけると、カイトとエレンの襟を掴んで立ち上がり、横向きに降下してきた輸送ヘリの後部座席めがけて腕を振るう。


 空を舞い、後部座席に飛び込む。シートの上で転がって顔を上げると、身を乗り出して地上を見下ろす。


「アリッサ!」


「少佐さん!」


「イーグル9、撤退しろ! 早く行け!」


 カイトとエレンの叫びは羽音に搔き消されたのに、彼女の言葉はナノマシンが拾い、聴覚に直接伝えてきた。


「生きるんだ、二人とも! 死んじゃ駄目だ!」


「待って! アリッサ達がまだいるよ!」


「降りてください! 少佐さん達を置いていかないで!」


 操縦士に必死に叫ぶ声を、羽音とエンジン音が掻き消す。地上で背を向けて、迫る機械軍に応戦するアリッサ達は、そうする間にどんどん遠ざかっていき、やがて爆炎に巻き込まれて見えなくなった。

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