第23話 マイツ

 赤いひさしの軒先に、レムナリアの言語で書かれた屋号。十数のテラス席では、余暇を過ごす市民の笑顔が咲き誇る。


 カイトが言っていたレストランを見つけたファルは、すぐ近くの駐車スペースに車を停めて、セルとともに店に向かった。


「せっかくだからテラス席で食べようよ。私席取っとくから、ファルは注文お願い。私はコーヒー、ミルクと砂糖なしね」


 飲み物の注文だけ伝言すると、セルはそそくさとテラス席へ向かってしまった。何だかんだ楽しみにしていたのだろう。ファルは素直じゃないセルに笑みを浮かべつつ、カウンターへ向かう。


 カイトから教えてもらったピザの特徴を告げて、ついでにコーヒーとオレンジジュースを注文する。会計を済ませると、飲み物を先に渡されたので、それをトレーに載せて、セルのもとへ向かう。


「十五分くらいで持ってきてくれるそうです。はい、コーヒー」


 仕切りのすぐ傍の席を取ったセルにそう告げて、コーヒーをテーブルに置く。向かいの席に座ったファルは、オレンジジュースをストローで飲んでから、相変わらずの出で立ちで川を眺めるセルを見咎めた。


「もう帽子取っても良くないですか?」


「まぁまぁ、気にしないで。ファッションだから」


 そんなもの興味ないだろう、なんて思うのは、理系女子への偏見だろうか。とはいえ、隣の席に座る子連れの夫婦や、セルの後ろの席に座るカップルからも、訝しげな顔を向けられているだけに、できれば妥協してほしいところだ。


「――ちょっと、お客さん」


 不意に声をかけられ、ファルは振り返った。ワイシャツの上にエプロンを着た、肥満体に赤ら顔の男が、憮然とした面持ちで見下ろしている。おそらくは店主だろうか。セルの方を向いているだけに、原因は何となく察せられる。


「サングラスと帽子、取ってくれるか?」


 ドレスコードでもあるのだろうか、そんな要求を強めの語調で言ってきた。外してほしいのはファルも同感だが、部外者にそんな物言いで咎められる謂れはない。


「あんた、マイツなんじゃないだろうな?」


 続けて店主がそう咎めると、周りの客の注目が集まり、ざわつく。向けられる衆目に困惑と敵意を感じ取ると、ファルも黙ってはいられなかった。


「マイツって何のことですか?」


「大ソリスの人のことだよ、ファル」


 セルが店主の代わりに答えて、サングラスを取る。


「この国ではカイトみたいな人のこと、そう呼んでるの。『ダニ』って意味らしいよ」


「あんたやっぱりマイツだな! うちはマイツはお断りなんだ。金はいらないからさっさと出てってくれ!」


 帽子を取って、白い髪を下ろしたセルに、店主は顔を真っ赤にして声を荒げる。


「落ち着いてください! 私達は連邦軍です!」


 ファルはポケットから身分証を取り出して、店主に名乗った。この国の防衛に協力し、首都の安全を守っている立場なのだから、さすがにこの場は収まるはず。そんな打算での提示だ。


「連邦だろうが関係ない。あんたらはこのダニどもがこの国にどれだけ迷惑をかけたか分かってないんだ!」


 唾を飛ばして、セルを指差し罵倒する店主。ファルはその態度が我慢ならなかった。


「彼女は連邦軍の仲間で、私の友人です! あなたにダニ呼ばわりされる筋合いはありませんよ!」


「知ったことか! 良いか、この国の人間はみんな、こいつらダニどもに迷惑してんだ! さっさと出てけ!」


 明らかな敵意と憎悪に、ファルは思わず怯んでしまう。


「おい、何の騒ぎだ?」


 そこへ仕切り越しに様子を見咎めた兵士が三人、ファル達のもとへ歩いてきた。首都に配備された連邦軍の兵士だ。肩には電磁小銃レールガンを提げて、服装は都市迷彩の戦闘服。帝国軍の急襲に備える部隊とあって、顔つきは精悍で固く、あれほど怒り狂っていた店主の顔も途端に青くなる。


 そこへセルが立ち上がって、身分証を兵士に差し出す。


「連邦軍研究所のセルベリア・シフォン大尉です。どうも私の血統が気に食わないようで、退店を求められました。すぐに応じます」


 淡々と告げたセルに、兵士達は敬礼で応じた。


「了解しました、大尉。お怪我はありませんか?」


「大丈夫です。ファル、行こうか?」


 席を立ったセルに促されて、ファルもついていく。店主の睨む顔と、他の客達の視線を背中に感じながら、店を後にした。

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